第3話 販売
山吹という男がこの学園祭で何をしでかすつもりなのか、僕は考えに考えたがついには分からなかった。奴の黒色、もとい鉛色の脳内を窺い知ることのできる人物などこの世にはいないとさえ思えてくる。
しかし、こんなことを考えていては売れるものも売れはしない。
僕は本を両の手に持ち、道行く人々に見せつけ、大声で読んでみてくれ読んでみてくれと叫び続ける。僕の声は人の足を止め、本に目を向けさせる。しかし買うものはそうそう現れはしない。
何故か?これほどまでに苦労したこの本一冊を買ってくれないのは何故か!
「矢田さん、焦ってはダメですよ。少し落ち着いて椅子に座りましょう」
「天音さん、そんなに落ち着いていて良いのか?まだ一冊も売れていないのだぞ?」
「だから落ち着いてください。そんなに押し付けがましい売り方では売れるものも売れませんよ。落ち着いて椅子に座っておけば良いのです。本というのは押し付けるものではなく、感性で選び、手に取るものなのです。矢田さんならお分かりになるでしょう?」
天音さんの言葉に僕はぐうの音も出なかった。僕は大人しく席についた。
「プレッシャー感じすぎですよ。それに、山吹さんが何をしでかすか気になるんでしょう?私も気になってます。どれほど馬鹿げていて何処か感動的なことをやらかしてくれるのか楽しみですよ」
「奴の研究を楽しみにしない方がいい。どう考えても分からないが、ろくでもないことだけは確かだよ」
テント内に置いてある電波時計をみると時刻は11時に差し掛かっていた。
「天音さんよ、なんだか暑くないか?」
「今日は秋にしては暑いと天気予報で言っていましたからね。人も密集してますし、余計暑苦しく感じますよね。無風というのが辛いところです」
そう言えば確かに風がない。風がないというのが正しいのか、人壁で風が吹いてこないのか、それとも嵐の前の静けさなのだろうか。これは由々しき問題である。
もし嵐の前の静けさであれば奴は間違いなく今日この日に実験成果の発表会と評してやらかすに違いない。なんと恐ろしい事か。
「うんそうだな。少しくらいは風が吹いて欲しいものだね。強風ではなく微風が吹いてくれればそれで良い」
「そうですね。強風だと本がめくり上がって大変なことになりそうです」
風が吹かぬこの大学構内に歓声が響き渡った。何事かと声のする方向に目を向けるが見えるわけがない。
こんな時にこそ透視能力が欲しいものである。決してやましいことなど考えていない!
「屋外ステージで演劇サークルの演劇がついさっき始まったんですよ。多分隅田さんが出てきたんでしょう」
隅田さんは演劇サークル一の美男子であり女性ファンが絶えない。なんとも羨ましい男であるが、その性格は表面的には優しくて頼もしいのだが、裏はズボラで度が過ぎた変態であり、自信をお尻紳士と言って疑わないとんでもない尻好きというとんでもない男であるともっぱらの噂である。
「私は隅田さんの事あまり好きではないですね。理由はないのですが、なんでか好きになれません」
「それで良いと思うよ」
雑談をしているとおいと声を掛けられ前を向くとサングラスがまるで似合っていないカカシのように細い男が立っていた。
「これ、一冊」
「あ、ああ。まいどあり」
この日、初めて本が売れた。
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