学祭大戦線
第1話 10月8日。学園祭の朝
とうとうこの日がやってきてしまった。
僕は着替えを済ませると冷蔵庫から前日に買っておいたコンビニのサンドイッチを取り出して齧り付いた。
今日のために僕たちのサークルは作品集を作ったのだが、僕と天音さん、サークル長の絵笠先輩は新作短編を2ヶ月で書き下ろすことになった。
新作のテーマはコンクールのリベンジも兼ねてSFとしたのだけれど、どのようなストーリーにするかもなかなか決まらなかった。図書館で本を読み漁り、家では天音さんと共に行った本屋で購入した古本を読み、とにかく本を読み続けたのだが、まるでこれだ!というストーリーが浮かんでこなかった。
結局小説を書き始めたのは締め切り2週間前。寝る間も惜しんでとにかく文章を打ち続けて締め切り当日に仕上げた。
そこから製本作業をして値段決めをしてと忙しい日々を昨日まで過ごしていた。
お陰であのひねくれ者の相手をしなくてよかったので精神的には普段より楽であった。それだけはこの3ヶ月、非常に良かった!
……とそうも言い切れないのが悲しい事だ。
『今忙しくてね。まあ、学祭を楽しみにしておくと良い……ふっふふふ』
あの日山根食堂で奴はそう言っていた。この学園祭、必ず奴はとんでもない事をやらかすに違いないのだ。そして、間違いなくそれを僕が止めることになるのだろうと言うことは想像したくないが想像するしかない。
仕方がないと言えばそれまでなのだが、誰も止めないだろう?あんな奴。
「はぁ、行くか……」
奴のことを考えるだけで頭が痛い。
とにかく今日は天音さんと共に必死に作った作品集を完売させなければならない。でなければ絵笠先輩に何されるかわかったものじゃない。
僕はカバンを持つと部屋を出た。
僕が大学に到着した頃には学園祭運営委員会や各部、サークルが準備に取り掛かっていた。
僕たちのサークル『そよかぜの園』にら大学前広場の左端のテントが割り振られていた。
まあ飲み物や食べ物を販売するブースが目立つところにあるのは必然だから、もうここは仕方がないと割り切るしかないのだが、年末の飲み会の資金がかかっていると言うことで完売を目指す絵笠先輩……もとい僕たちには都合が悪い。
それに、問題はそれだけではない。天音さんが売り子であると言うことである。
天音さんは美人である。勿論客寄せ効果は抜群だろう。だがしかし、要らないものまで呼び寄せてしまうのだ。
そう、天音ファンクラブである。俗に言うストーカー集団。
こいつらが営業妨害をしてくる可能性がある。
それに備えて売り子の僕たち以外の部員は品出しだけでなく天音さん警護部隊として所定の位置に各自配置されているのだ。人気すぎるというのも困り物だ。
「いいな!絶対に完売させるぞ!そして天音さんは確実に守りきる!」
「「はい!」」
絵笠先輩は大声で叫び指揮を上げている。それに付き合っている下級生は仕方がなさそうに応答している。
「相変わらず絵笠先輩だけやる気だよ……」
「ワイワイしてるのが好きな人ですからね。仕方ないですよ」
あまり拘らないよう僕と天音さんは売り場を整理しながら小声で会話する。
「ところで矢田さん。今日家族などはこられるんですか?」
「家族は来ないけど地元の友達は来るよ。天音さんは?」
「私は妹と弟、それからお爺ちゃんが来ます」
「へぇ。両親は来ないのか?」
「海外にいますからね。わざわざ学園祭くらいで帰っては来ませんよ」
「海外ってどこなの?」
「カナダです。うち音楽一家ですから」
「えっ!そうなの?それじゃあ……」
「はい、実は父がモントリオール交響楽団に所属してるんですよ」
「え?じゃあお爺さんも?」
「ええ、聞いたことありますか?天音弦一郎って言うんですけど」
「マジで!」
聞いたことがあるも何もとんでもない名前が飛び出してきた。
天音弦一郎は世界的な指揮者で現在は天音交響楽団を立ち上げ、音楽監督を務めている人だ。知らない方がおかしい!
「そんな人がこの大学に来るの?」
「ええ、私が在籍しているからと言うことで厚意で演奏会を開くんです。私はあんまり会いたくないんですけどね」
「なんで?」
「私は楽器弾くのとか好きじゃないですし、あんまり家系に縛られていたくないんです。だから……」
特殊な家庭だからこその悩みだ。
僕のようにごく一般的な家に生まれた人間にはそんな悩みはない。
「なんか、ごめん」
「いえ、話題の種を巻いたのは私ですからお気になさらず。それにそう言う考えなのは私だけじゃないんですよ」
「他にもいるのか?」
「妹がそうなんですよ。音楽とか全く興味なくて、体を動かすのが好きなんですよ」
「……それじゃあさ、音楽の事は」
「全て弟が背負ってますね。毎日何時間もレッスン受けてます。凄く申し訳ない気持ちで一杯でたまに欲しい物を買ってあげたりしてます」
「そりゃそれくらいしてあげた方がいい」
「おい、矢田、天音!こっちに来い!最終チェックだ!」
絵笠先輩に大声で呼ばれて僕たちはため息をついた。見ると絵笠先輩をサークルメンバーが囲んでいる。
「呼ばれたか……」
「行きましょうか。私の家族の事は多分来ればわかりますし、閑話休題したかったところですし」
「そうみたいだな。……あまり家族の話はしないようにするよ」
「ええ、そうしていただけるとありがたいです」
「おい!早くしろ!」
「今行きます!」
僕たちは絵笠先輩の元に走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます