第10話 山根食堂
バスに揺られて自宅に戻ってきた。
僕の住んでいる学生マンションは大学の学生が多く住んでいる為、何かやらかすと大学中で言いふらされるので下手な事はできない。
もし天音さんと一緒にいたなんて事がバレたらそれこそ僕の部屋に何人も詰めかけて袋叩きにされてしまう。
僕はポケットから鍵を取り出して三階の自室のドアを開錠して入った。蒸し蒸しとした暑さが部屋から吹き出してきてうんざりした。
手探りで電気をつけてどかっと古本を置いた。
エアコンをつけてベランダに出ると洗濯物を取り込んだ。
僕は服をたたむのが苦手なのでクローゼットのハンガーにかけて収納する。
すぐさまお風呂に入りたい所だがまだご飯を食べていない。料理ができないわけではないのだが、なんだか疲れてやる気が出ない。
食べて帰ればよかったと今更後悔しても遅いか……。
僕はエアコンをつけっぱなしにして外に出た。
学生マンションから少し歩くと多くの食事処が軒を連ねる小坂通りがある。
しかし、この小坂通りには学生マンションの学生がバイトをしているので僕は利用しない。プライベートであまり大学の関係者に会いたくないのだ。
という事で僕は図書館近くの大衆食堂、山根食堂へと向かった。
15分ほど歩いて山根食堂に到着した。
店内は白い机に木製の質素な椅子という昭和の雰囲気が漂う昔懐かしいいかにも食堂という感じだ。
適当に席につくとメニューに目を向ける。
うどんに蕎麦、丼物、定食と種類が豊富で値段もリーズナブルで学生に優しい。
「いらっしゃい。今日はなんにする」
店主の山根さんが水とおしぼりを置いた。
山根食堂はよく利用しているのでもう顔馴染みになってしまった。
「うーん、今日は肉うどんにする」
「元気ないね。なんかあったの?」
「まあ、ちょっとね……」
「そうかい、なら少し肉多くしといてやるよ。食って元気だしな」
「あざます」
店主の山根さんは男勝りな性格の女性で義理人情に熱い人で、暇があれば話を聞いてくれたりする。
「全く大変だ。今日という日は本当に大変だったよ君」
……なんでこんなところでこんな嫌な声を聞かなくてはいけないのだ。
「なんでいんだよ……」
僕は自分の席の背後の席に座っている山吹に話しかけた。
「いや君が気がつかなかっただけでだろう?僕はここで既にカレーうどんを食べていたわけだよ。それで何故いるかと問う君の神経はどうかしているね。全くふざけている」
「くそめ……大人しく小坂通りで済ませりゃ良かった」
「仕方がないな。これが君の運命だ。さて、君、約束はしっかり守ってくれたまえよ」
約束、そういえばしてしまったな……。
天音ファンクラブを撒くのに手を貸してくれた訳なので守らざるを得ないだろう。
「……後日な」
「ふふふ、ならば良い。この私をしても大変な仕事だったのだからちゃんと話を聞いてくれねば困るぞ!」
「お前でも大変だと思うのか?あのファンクラブ」
「まあ、大した事はなかった。君に比べればなんという事はなかったぞ」
成る程、だいぶ早い事ファンクラブ共は折れたらしい。まあこんなひねくれ者の話を聞かされ続けるのはとんでもない苦痛を伴う。やはりこの今世紀一のひねくれ者はレベルが違う。
「あーあ、かわいそうに」
「何か言ったかね?」
「なんでもない」
そんなことを話していると肉うどんが運ばれてきた。少しと言いながら結構な量肉を増やしてくれている。肉で麺が見えていない。
「さて、私は帰るぞ」
「珍しく長話しないな」
「今忙しくてね。まあ、学祭を楽しみにしておくと良い……ふっふふふ」
そういうと代金を払って店を出て行った。
ああいう笑い方をする時の山吹は予想の斜め上を行くことをしでかす。
「また面倒な事になりそうだな……」
僕は肉うどんにがっついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます