第2話 天音プレゼンツ! 古本屋

 無理やり山吹に食費を払わせて少しばかりの優越感に浸りながら僕は天音さんについていく。

 既に夏真っ盛り。外に出るだけで汗が吹き出してくる。大きなデジタル温度計には35℃と表記されている。

 しかし、そんなことより天音さんと一緒に歩いているなんて所を大学の人間に見られたら恨みを買いそうなので、出来る限り大学の人間がいない場所に案内してほしいものだ。


「で、どこに行くんだ?天音さん」


「そうですね……映画でも見ますか?」


 映画?今時期に面白い映画なんてやっていたか?というより大学の人間に見浸かりそうな場所をいきなり選んできた。


「いや、そういう気分じゃないな」


「あらそうです?……あ、もしかして恋愛映画はお嫌いですか?」


「まあ、好きではないよ」


「ほぉう、珍しいな。私も好きではないぞ矢田氏よ!」


 会計を済ませてきた山吹が僕の背後から大声で言った。


「あーうるさい!暑苦しい!離れろアホ!」


「この私に向かってアホなどという暴言を発するとはな!許さん!」


「はいはい!喧嘩しないでください。でないと恋愛映画を無理やり見せますよ?」


「それは勘弁だな。命拾いしたな矢田氏よ!」


「言ってろ!」


 天音さんは僕たちの前をズカズカと進んでいく。

 本当にどこに向かっているのだろう?





 しばらく歩くと映画館…….ではなく小さい古本屋だった。


「こんな場所に古本屋とは……知らなかった」


「まあ、そうでしょうね。ここは知る人ぞ知る老舗の古本屋なんですよ。なかには明治、大正の頃の書籍もあるんですよ。すっごい高いですけどね。さ、店内に入りましょう」


「そうだな。暑いし」


「私は外で待っていることとしよう。本などに興味はないのでな」


「ああ、そりゃ有難い」


 僕は店内を物色して回る。

 流石は老舗古本屋、貴重な書籍が盛りだくさんだ。


「どうですか?ご満足頂けてますか?」


「大満足だ!素晴らしいなこの店は」


「ええ。あんまり他人に教えたくないのですが、矢田さんは特別です。山吹さんは興味なさそうですからまあいいでしょう」


「とか言って後でくるのが奴だぞ」


「そうかも知れませんね。でも大丈夫です。山吹さんに貴重な書籍を買うお金はないでしょう?」


「全部織り込み済みか」


「はい」


 天音さんはにかっと笑った。

 僕はその笑いに少し小悪魔めいたものが見えた気がした。


「私は先日来て書いたいものは買っているので矢田さん、自由に見てください」


 天音さんはそういうと店内から出て行った。


 さて、どうしようか…….。

 高価な書籍は買える値段じゃない。

 となると……

 僕は200円程度の書籍の中から気になる本を取り、レジに持って行った。

 レジの店員のおじさんは優しそうな笑顔で接客してくれてとても気分がいい。

 店を出ると天音さんが山吹と待っていた。


「何を買われたんですか?」


「高い本は買えなかったから、安いのを3冊ほど」


 僕は袋を開けて中身を見せた。


「『正義の星』『スターパニック』『宇宙航海』……全部SFですね」


「矢田氏よ、引きずっているのかね?んん〜?」


「次回作を書くために少しでも多くのSF小説を読み勉強するためだ!引きずっているわけじゃない!」


「向上心あって素晴らしいじゃないですか。この分だと来年は期待できますね」


 ……天音さんのその言葉はかなりのプレッシャーになるからできれば期待しないでほしいのだが。


「どうかな?凡人の君では10年はかかると思うのだがな?」


 腹の立つこの男は無視しよう。


「さ、次行きましょ!次は少し遠い所ですからバスで行きますよ!」


 天音さんは元気に先へ先へと歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る