第7話天音さんとの遭遇

 天音さん。

 確か矢田氏から話だけは聞いたことがある。かなりの美女で隠れファンがあるとかなんとか。

 私にはまったくもって関係のないし会うこともないと思っていたのだが、よもや自分から話しかけてくるとはな。


「君が天音さんか。矢田氏から話は聞いている」


「そうですか。それはそれは」


「で?何のようだ?私は食事中なのだが?」


「いえ、矢田さんの話を聞いていて少し貴方に興味が湧きまして……。あぁ、ここ座っても良いですか?」


「かまわぬよ」


 天音さんが聞いてきたので、私は快く向かい側の席に座らせた。


「矢田さんに聞いたところ、変な研究や発明をしているみたいですね。具体的にどんなことしているのです?」

 .

「私の研究か……。どうやら矢田氏にはわからぬようだがな。私の研究とはすなわち我が考えを形にすることだ。例えばだがね?今日矢田氏にも同じ話をした未来的な食事方だ。私は満腹感と味わいと栄養補給を行える画期的な装置を考案したのだ。まあ、これを見たまえ」


 私は昼に矢田氏に見せたものと同じものを天音さんに見せた。

 天音さんは紙をじーっと見つめて数回頷くと私に紙を返した。


「私の考えではこの装置を使えば必要な養分を5分で効率的に補給できる。味も感じ、満腹感もある、視覚情報や触覚も思いのままだ。どうだね?素晴らしい発明だろう」


「……成る程、今世紀一のひねくれ者と呼ばれる訳がよく分かりました……」


 ふむ、やはりわからぬか私の考えは。


「とても面白いです。普通の人とは考え方が違います。良い小説のネタになりそうです」


「ほう。私の話を理解したのかね」


「ええ。実現可能かどうかは置いておいて、とても面白いです。こんな人が側にいるなら矢田さんはネタには困らないですね」


「彼はダメだよ。頭が柔軟じゃない。私とは考え方がまるで違う。まあ、凡人中の凡人の彼のことだから仕方がないことなのだろうがね」


「そういう生真面目なところが矢田さんの良いところでもありますよ。ある意味でもっとも現実を見ている訳ですから」


「そんなことで小説が書けるのかね?彼は」


「ノンフィクションとか、推理小説とかなら素晴らしい作品を書きますよ。意外とSFものなんかも好きみたいですけど作品として書いたことはないはずです」


 矢田氏がSFとは意外だな。私の意見に真っ向から反対してくる矢田氏には似つかわしくないジャンルに思えてくる。


「……あ、肉焦げますよ?」


「おっと、忘れていた」


 天音さんに言われなければ本当に黒焦げにしていたところだ。

 私は少し焼きすぎた肉をサンチュで挟んで口に放り込んだ。うむ、うまい。


「……矢田氏は今どこにいる?」


「矢田さんですか?この席の反対側ですよ。間仕切りでわからないでしょうけど」


「そうか。すまんな」


「……あー。成る程矢田さんを追っかけてここに来たんですか」


「そういうことだ。矢田氏にはもう少しやってもらいたいことがあるのでな。食事ついでに捕まえに来た」


「そうですか。……それなら私が話つけて来ましょう。私の頼みなら断りづらいでしょうから」


 天音さんは微笑みながらも悪そうな顔で私にそう言った。


「頼めるのかね?」


「お任せあれ」


「ならば頼もう」


「はい、では話をつけたらまた来ますね」


 そう言って天音さんはサークル仲間の元へと戻っていった。

 ……しかし、私の話をああやって興味を持って聞いてくれるものがあるとはな。世の中私程ではないにしろ変わり者はあるようだな。それに、中々に侮れん。

 私は焼けすぎた肉をすぐに食べ終えると、店員を呼んで追加注文をした。



 追加注文したカルビと白米を食べ終えた頃、お腹が膨れた私は天音さんを待っていた。私としてはそろそろ帰りたいのだが……。


「お待たせしました。矢田さんとの交渉成功です」


「ほう。中々やるではないか。流石とでも言っておこう」


「どうも。それじゃあ行きましょう。矢田さんは店の前です」


 私は席を立つと会計を済ませた。2000円程かかったが、矢田氏を引っ張り出せたのだ。安いものだろう。


 天音さんと一緒に店の外に出るとたしかに矢田氏が待っていた。

 矢田氏は私を見ると嫌な顔をした。


「天音さん?これはどういうことで?」


「いえ、先ほどのこの店で見かけて話してみたら面白い考えを持つ方だと思いまして、少しその研究を見せていただきたくて。といっても私一人だと少し不安ですから、お付き合いください矢田さん」


 天音さん。この女はかなりのやり手だ。本当に油断ならんかもしれんな。小説を書いているからなのか口も上手いようだ。


「……仕方がない。付いていく!それで良いのだろう!?」


「ありがとうございます。さあ、行きましょうか山吹さん」


「いいだろう。付いてきたまえ」


 私達三人は一路、我が部屋、佐間荘208号室へと向かい歩き始めた。

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