第6話ひねくれた夕食
…………。
おっと、いつの間にやら寝てしまっていたようだ。私としたことが寝落ちとは情けないことだ。
部屋は真っ暗で何も見えん。とりあえず携帯で時間を確認するとしよう。
……ふむふむ、どうやら20時らしい。随分と寝てしまっていたようだな。研究も結局ろくに進んではいない。
出来るだけ早く装置を作り上げて、実験と改良をしなくてはならないというのに。
まあいい。とりあえず今は食事だ。腹が減っては脳の働きが悪くなってしまう。
私は夜の街へと駆け出した。
夜の街は居心地がいい。緩やかで気分がいいのだ。
一転して昼というのは堅苦しいのだ。街には忙しそうな営業マンが家々を回り、工場では汗水垂らして仕事している。堅苦しいルールで縛られながらも、我慢してそのルールの中で仕事をしている。我々学生もそうだ。
だが、夜はどうだ?誰もが堅苦しいルールから解放され、言いたい放題言い散らし、酒を飲み、飯を食い漁る。法律などという大きなルールはあるが、社会のくだらない暗黙のルールなどない気楽な世界だ。
そもそも暗黙のルールなどというくだらないものなどなくてもいいのだ。それこそストレスの元だ。私はそういうのが嫌いなのだ。
気楽に、私のやりたいようにやれればそれでいいのだ。
さて、まあそんなことよりどこで食事をするか?あのクソまずいラーメン屋はないとして、そうだな……。
うん?そうだそうだ。確か矢田氏のサークル飲み会が大学近くにある焼肉屋だったな。
よしよし、そこで食事してやろう。ふふふふふふふふ!逃げ帰った罪は大きいぞ!
「そうと決まれば早く行かねば……今日は逃げられぬぞ!矢田氏よー!!」
私は近年稀に見ぬ全力疾走を見せた。いかに普段運動していなくとも目的がはっきりとしている今!私は月が昇るよりも早く走っているぞ!ぬはははは!
焼肉屋に着いた。
私の足は生まれたての牛のようにピンと伸びきって体を支えるのがやっとである。
「お、お客様?大丈夫ですか?」
若い女の店員が心配そうにこちらを見ている。見たところ私より一つ年下というところか?となれば大学の学生か。
大学からも近い。バイトする者がいても不思議ではない訳だ。納得納得。
「ふふふ、も、問題、ない、私が、この程度で、疲れる、とでも?」
「そ、そうですか?では、席に案内いたします」
私は店員についていき、席にどかっと座った。
水がすぐさま運ばれてきたので、受け取りざま一気に飲み干した。運動した後はしっかりと水分を取らねばな。
「ご注文がお決まりになりましたらお知らせください」
「そんな必要はないのだよ。注文なら既に決まっている。烏龍茶と牛タン塩一人前、それにサンチュだ」
「烏龍茶と牛タン塩一人前にサンチュですね。かしこまりました」
注文を聞き終えると店員は戻っていった。
さて、私は店内を見回して矢田氏を探した。あの凡人メガネ顔がわからないような私ではない。あの凡庸なる顔は見つけるのに苦労しないはずだが、見つからない。間仕切りがあるから仕方がないか。
後でトイレに行くと見せかけて探すとしよう。といってもバレないように慎重にだがな!
そういう意味では間仕切りがあるのはありがたいととも言えるな。一長一短とはこういうことだ。
矢田氏を席から探すのを諦めた時に注文分が運ばれてきた。
「お待たせしました。烏龍茶とサンチュと牛タン塩です」
「うむ。ありがとう」
私は店員に礼を言うとすぐに牛タン塩を焼き始めた。とにかく腹が減って仕方がないのだ。
トングを使って牛タン塩を網の上に置いて行く。
じうじうと煙を上げながら焼ける肉を見ながら烏龍茶を飲む。
煙は換気扇があまり効いていないせいでかなり臭う。これはこの今来ている服は選択せざるを得ないか。
「匂いかにするんですね。ひねくれ者でも」
若い女の声?だが、先ほどの店員とは声が違う?何者だ?!
網をじっと見ていた顔を上げるとそこには可憐な女が立っていた。
「はじめまして。私、矢田さんと同じ文芸サークルの天音と言います。よろしくどうぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます