第2話ひねくれ者の発明

『魔の彗星』というSF小説は簡潔に言えふば地球に迫る魔の彗星からどう地球を守るのかという話だった。なんとなくどこかで聞いたことのあるような話だったように思ったが、リアリティのある政治の兼ね合いや意見の衝突が書かれていて面白いと感じた。

 お陰でするすると読める。

 まだ1時間程しか経っていないが、既に532ページの内の402ページを読み終えていた。

 これが早いのか普通なのかよくわからないが、早いと言われることが多いので多分早いのだろう。

 話がクライマックスに近づき、最後どうなるのか予想しながら読んでいるとついにあの男が現れた。


「いつもいつもこの場所で本を読みふけって日々を過ごしているな君という奴は」


  しわくちゃなチェック柄のシャツにジーパンというダサい格好で僕の元にやって来たこの男こそ、僕の通う大学で『今世紀一のひねくれ者』とまで言われるほどのひねくれ者、山吹修一郎である。

 今回も手には何も持っていない。


「またか……。山吹、前も言ったが、図書館に来たのならば本を読むか勉強するかしたまえ」


「こちらも、前にも言ったが、私にそんな必要は無いのだよ君」


 あいも変わらず聞き分けのない……。

 この男は常にこのスタンスを崩さないし、この腹の立つ口調を変えもしない。

 話していて腹立たしいことこの上ないが、別に悪い奴というわけでもないので、縁を切るに切れない状態にあるのだ。


「矢田よ、私は疑問に思うのだよ……」


 山吹は僕の席の向かい側に座って話し始めた。こうやって何か言い始めたらこいつはテコでも動かない。仕方がないので適当に合槌を打ちながら大人しく話を聞いてやることにする。


「なんだ?」


「何故人間は汗をかかなくてははならないのだ?」


「そんなもの、火照った体を冷やすために決まっているだろう?」


「体を冷やすのなにわざわざ汗をかく必要などあると思うかね?私は思わないな」


 ……何を言っているんだ?やはりこのひねくれ者の考えていることは分からん!


「では、なにか?犬のように舌を出すか?」


 犬は体温調節のために舌を出す。それは人間が汗をかくのと同じ事だ。


「わざわざそんな情けない事をする意味がどこにあるのだね?君?」


 笑い混じりに言われた……。まあ確かにこの男のことだ。僕ではとても考えつかないようなとんでもない事を考えているのだろう。


「では、なんだ?全く意味がわからんぞ」


「だから君は凡人なのだよ、矢田氏。いいかね?我々人間は生物だ。生物は常に進化するものなのだよ。この地球は暑い。ならば、その暑さに対応するために進化すべきなのだ!しかし、進化とは時間のかかるもの……。ならばどうする?進化のためにはまず何がひつようか必要でないかを考えねばならん。故に考えた!そして、私は汗は不要だと考えた!汗はベタベタしていて気持ちが悪い!結果体温調節を図るものがすぐ拭き取られるという現実がある!ならば、ベタベタしない、かつ体の火照りを冷ます働きのあるものを作り出すよう進化すべきなのだと思ったわけだ!」


 うん?なんだかまともな話だ。もっとぶっ飛んだ事を言うのかと思っていたのだが……。


「そうかもな。だが、すぐには進化できない。ならばどうすると?」


 山吹はニヤリとほくそ笑んで答えた。


「その通りだ。ならば、代わりとなるものを作ればいい!そこで私はこれを作り出した!見よ!」


 山吹はしわくちゃのシャツを脱いだ!

 すると、体を覆うようにチューブが巻き付けられている。背中には小型のポンプのようなものがあり、そこから水を送り出しているようだ。


「なんだそれは?」


「ふっふっふ!私が5ヶ月のバイト代を全て使って作り出した体を冷却する装置だ!この背中の冷却ポンプにより冷たい水をチューブに送り出し、戻って来てあったかくなった水を再びこのポンプで冷却しチューブに送る!どうだ?素晴らしい発明だとは思わないかね⁉︎」


 つまり車のエンジンを冷やすための水冷式冷却装置をそのまま人間に使ったということか……。

 やはりこの男の発想は常軌を逸している。

 普通こんなこと思いつかないだろう!かさばるし、は重いし、充電式のポンプだろうから使える時間には制限があるし!

 こんなもの背負うくらいなら汗をかいたほうがマシだ!


「ちなみにこのポンプは20キロあるが、このように腰ベルトをつけることで肩への負担を減らしている。しかも、飲み水にもなる。一石二鳥の素晴らしい発明だ!」


「……充分重いし、そんなのをつけて外を歩きたくないわ!」


「この発明の素晴らしさがわからんか……。まあ仕方がない、それが君が平凡であることの証明なのだよ」


 さらばだ!だと言って山吹はシャツを着て帰って行った。

 はぁ、僕は山吹が図書館から出ていくのを確認して本に目を戻した。

 だが、結局山吹の馬鹿みたいな発明を見せられたことで話の内容があんまり入ってこなかった。

 一様読み終えたことにして本をまたあった場所に戻した。

 なんだか興ざめしてしまった。

 僕は図書館を出て適当に散歩することにした。

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