第2話平凡なる男・矢田健司

 まったりと市立図書館まで歩いて来た。

 見慣れたアーケード街、潰れそうで潰れないマズいラーメン屋を通り過ぎてようやくたどり着く。


 市立図書館は最近改装工事を行ってやたらと綺麗になっている。


 前までコンクリート製の味気ない建物だったというのに、今ではガラスを増やし、木材を多く使用したシャレオツな建物になっている。


 その代わりに駐車場は有料になり、駐輪場は狭くなっている。車や自転車で来る者はそうなのだろうが、そんなものを持っていないこの私にはなんの意味もない。残念だったな!


 さて、図書館の何処に矢田氏がいるかは既に把握済みだ。入ってすぐの新刊コーナーを右に行く。すると学習スペースがあるのでその前で左に行き、そのまま真っ直ぐ行った先にいる。


 やはりいた。この眼鏡をかけたいかにも真面目そうな凡人が矢田健司だ。

 凡人矢田氏は分厚い古そうな本を読んでいた。机の上にも同じような本が3冊積み重なっている。


「相変わらず君という男はよくもまあ飽きずにそんなものを読んでいるな」


「おい、あまり大きな声で喋るんじゃない。ここは図書館だ。静かにするのがマナーだ」


 本から目を離すことなく静かに淡々と言った。


「それはすまないな」


 私は矢田氏の向かい側にどかっと座った。


「……せめて図書館に来たのなら一冊くらい本を持ってきて読め。もしくは勉学に勤しめ」


「そんな必要は私にはないのだよ君。…そうだ。私の話をきいてくれたまえ」


「なぜ聞かなきゃならんのだ!勝手に家で一人つぶやいていろ!面倒臭い」


 矢田氏はぷいっと私の方から体ごと向きを変えて本で顔を隠した。なるぼど、素直じゃないな矢田氏よ。


「そうツンケンするなよ君。素晴らしい考えなのだ。きっと面白い話だと合わせてみせよう」


「……。仕方ない聞いてやる。だが話す前に約束しろ!話終わったら帰ると」


「うむいいだろう。では話そうではないか!納豆と豆腐について」


「…いつもの事ながら意味がわからん」


 矢田氏は本から目を離し、ポカンとした顔でこちらを見ている。なるほど、なるほど。どうやらさっぱりわからないようだな。そうとわかれば張り切って話そうではないか!


「君、まず豆腐とは白くて、柔らかいな?」


「そりゃそうだろう?豆腐なのだからな」


「納豆とは、ねばねばしていて、臭いな?」


「納豆だからな。……言いたいことがわかったような気がしたぞ」


 察するとは、流石は我が友にして凡人の中の凡人の矢田氏だ。


「そこで思ったのだ。納豆の方が豆腐ではないか!と」


「やっぱりな。だが、山吹。それには由来が諸説あるぞ」


「ほう?聞かせてもらおうか」


「納豆の由来は、納所の豆が語源とか殿様や皇帝にお納めする物だったからと言われているし、豆腐の腐は中国では柔らかい食べ物という意味があるそうだ。語源や由来を調べてみれば納得できる漢字だと思うが?」


 ふん。成る程、だが!その程度の思考では凡人のままなのだ!


「そういう語源があるのはよくわかった。だが、昨今、外国人がこの日本に訪れる中、字を見るだけでそれがどういうものなのかわかる方が良いはずなのだ!つまり、現在の納豆は豆腐と改名し、し、現在の豆腐をこし豆と改名する。その上で商標を取るべきだ!」


「何を言う!山吹、そんな事をすれば日本人が困るだろう!」


「そうか、ならば納豆腐、こし豆に改名としよう」


「なんだそのやっつけみたいな命名は!」


「やっつけなどではないぞ!見事に食物の特徴を捉えた素晴らしい名ではないか!由来や語源などそんなものは捨て置けば良いのだ!全ては今を生きる我らがわかりやすければそれで良いのだよ!」


「言葉の由来を知ることはその言葉の歴史を知ることだ。切り捨てて良いものではない!」


「やはり、君とは意見が合わんらしいな」


「当然だろう。今世紀一の捻くれ者!」


 私と矢田氏は顔をせり出して睨み合った。


「まあいい。これ以上話していても得るものはなさそうだ」


「ならば帰れ!」


「そうさせてもらおう。矢田氏、また会おう」


 矢田健司。私に刃向える凡人の中の凡人。話していて面白いのは彼だけだ。

 よし、またひねくれた事を考えたら話そうではないか。

 私はひねくれまくった脳を回転させながら家に帰宅した。

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