本当にあった怖い話4「野辺法師」

詩月 七夜

野辺法師

 知人から聞いた話。


 知人Cは、地方の出身者である(例によって、あえてその地方名は伏せさせていただく)。

 これは、そんなCが体験した怪異話だ。


 ある夏、当時学生だったCは、ド田舎にある母方の実家に帰省していた。

 久々に静かな田舎に身を置き、持ち込んだ課題を片付け、地元に残っていた友人達とも親交を深めていたC。

 刺激こそ無いものの、優雅な夏休みを満喫していたんだそうだ。


 そんなある日のこと。

 友人宅で飲み明かしていたCは、帰宅が遅くなり、結局友人宅に泊まることになった。

 そして、早朝に田んぼ道を徒歩で帰ることにしたという。

 友人は「雨も降ってきたし、止むまで待て」と言ってくれたが、実家は近所だし、やりかけの課題を片付けたかったCは、それを断り、一人帰路についたという。

 傘だけ借り受け、田んぼ道を進むC。

 経験のない方は分からないかもしれないが、田舎の朝は本当に暗い。

 特にCの地元である街灯も無く、慣れていない者が出歩くと迷うそうなほど暗いんだそうだ。

 が、Cは慣れたもので、苦も無く進んでいった。

 幸い、雨も霧雨程度で、ずぶぬれになるような心配もない。

 そうして、実家が見えそうな距離まで来た時。


チン…トン…シャン


 かすかにそんな音が聞こえてくる。

 見ると、左手に広がる田んぼの中を、小さな明かりが進んでいく。

 霧雨に煙る田んぼには、ようやくうっすらと陽の光が差し始めている。

 その緑の海原の中を、明かりはぼんやりと光を放っていた。

 Cが目を凝らすと、明かりは少し増え、最終的に八つになっていった。


チン…トン…シャン


 再び響く音。

 Cには、それが鉦鼓しょうこという小さな金属の鐘や太鼓を叩く音に聞こえたという。

 音はどうやらその光の方から聞こえてくる。

 光は行列のように連なり、田んぼの中を進んでいく。


チン…トン…シャン


 しばらく光の行列を見つめていたCは、あることに気付いた。

 その鐘や太鼓の音は、Cの地元で見られる「野辺のべ送り」の行列の時に鳴らされるものにそっくりだったのだ。

 ちなみに「野辺送り」とは、早い話、葬式の行列のことだ。

 土葬が普通だった時代、遺族や僧侶が故人の遺体が棺を墓地まで運んでいた。

 近親者や隣家などがその行列に連なり、鐘や太鼓で死者を送るのである。

 前述の通り、そこはド田舎だったので、そうした風習が今も残っていることは、Cも知っていた(無論、土葬は火葬に変わっているが)。

 なので、その時、Cは「こんな早朝に野辺送りなんて、珍しいな」と思ったという。

 よく見ると、遠ざかっていくその行列に並ぶ連中(8人)が、全員僧侶みたいな袈裟をまとい、編み笠を被っているのに気付いたC。

 そのため「ああ、さてはお寺の関係者の中でご不幸があったのか」と思い、そのまま帰宅した。

 酒も残っていたし、そのまま昼くらいまで寝過ごしたCは、その日の夕方までに課題を片付け、ホッと一息を吐いた。

 そして、その日の夜。

 厄介になっていた母方の叔父さん一家と夕飯を囲んでいた時、Cはふと早朝に見た野辺送りの行列のことを思い出した。

 そこで、お祖父さんに尋ねてみたという。


「じいちゃん、ここ最近、お寺でご不幸があったんか?」


「お寺で?いいや、聞いてないな」


 一家のうち、誰もがその情報に心当たりがないという。

 狭い村内だから、通常そうした情報はすぐに知れ渡るはず。

 不思議に思い、Cは今朝見た野辺送りの話をした。

 すると、一家の顔がみるみる強張っていく。

 特にお祖父さんとお祖母さんは、血相を変えてCに詰め寄った。


「どんな姿をしていた?」

「何人いた?」

「すれ違ったのか?遠くから見たのか?」

「言葉を交わしたのか?」


 と、矢継ぎ早に問い詰められて、驚くC。

 そんな中、叔父さんは寺に電話をかけ始めるし、叔母さんも携帯で、地区会長の家に連絡し始める。

 ようやく「ただ事ではない」と察したCに、お祖父さんが言った。


「すまんが、色々と用事が入りそうだ。明日には自宅に戻れ」


 突然、そんなことを言われてCは驚いたが、事情を聴けるような雰囲気ではない。

 やむなく荷物をまとめ、翌朝には出立出来るように準備したという。


 そして、翌朝。

 お祖父さんの指示通りに日の出と共に起床したCは、叔母さんが用意してくれた朝食を見て驚いた。


 突然だが、皆さんは「一膳飯」という言葉を聞いたことがあるだろうか?

 「一膳飯」とは、その名の通り「一膳のみの飯=旅立って二度と食べることが無い者へ出すご飯」という意味を持ち、昔から「葬儀の時に死者に備える膳」とされているものである。

 内容は普通の食事だが、生者にお膳で出す場合、通常「ご飯茶碗は左、汁物は右」となっているものが逆になっており、箸も盛り付けられたご飯へ、線香のように突き立っている。

 普通なら、こんなお膳の出し方は「縁起が悪い」とされ、とてもお客さんには出せるものではない。

 それを知っていたCも、驚いたが、叔母さんが平謝りしながら「気持ち悪いかも知れないけど、全部食べて。お願い」というので、渋々ながらどうにか食べきったという。


 更に、最寄りの駅まで送るという車を見て、Cは驚愕した。

 車は普通の軽トラなのだが、荷台に人一人がすっぽり入る大きなふたつきの漬物樽つけものだるみたいなものがくくり付けられていた。

 そして、お祖父さんが何とCに「その中に入れ」という。

 さすがに事情を聴こうとするC。

 が、地元の寺の住職や叔父さん一族が何人かが駆けつけてきており、皆で急き立てられ、仕方なしに樽の中に潜り込む羽目に。

 納得いかないCに、お祖父さんは神妙な顔で「村境までの辛抱だ。着いたら合図する。その間、何が聞こえても一切言葉をしゃべるな。くしゃみや屁も我慢しろ。いいな?」と念を押してきた。

 Cは仕方なく言う通りにした。

 謎なのは、一族の男衆と住職も同行するという点だ。

 が、Cの疑問に答える間もなく、一行は出発した。

 さすがに舗装されているとはいえ、ガタガタと揺れる荷台にいい加減、尻が痛くなってきたC。

 村境まで20~30分はかかるので、せめて今どの辺を走っているのか、外を見ようとすると、何と蓋が開かいない。

 驚いたCは、その時になってようやく樽が蓋ごと縄か何かでがんじがらめにされていることに気付いた。

 全身を否な汗が伝い、思わず叫び出そうとするC。


 その時…


チン…トン…シャン


 かすかに、あの野辺送りの鉦鼓と太鼓の音が聞こえてきた。

 何故だか更に冷たい汗が吹き出し、咄嗟にCは口をつぐんだ。

 そこに、荷台に乗っていたお祖父さんが樽の中にいるCに小声で警告する。


「来た!近いぞ、いいか、絶対にしゃべるな!」


 他にも、軽トラについて行きた車両に向かって、


「スピードは出すな!気付かれるぞ!」


 と、警告を発する。

 同時に低い男の唸り声…どうやら、住職が唱える念仏らしい…も聞こえてきた。

 Cは得体の知れないその不穏な空気に、汗だくになりながらも身じろぎすらできなかったらしい。

 そうこうしていると、


…チン……トン……シャン………


 野辺送りの音が徐々に遠ざかっていく。

 やがて、住職の読経も終わり、外から、


「もう、ええぞ。よく耐えたな」


 と、お祖父さんの声がした。

 軽トラも停止し、蓋が開けられると、そこはもう村境の田んぼ道だった。

 そこでCは軽トラから、別の車両に乗り換え、駅まで無事に辿り着いたという。

 感じたこともない緊迫感に、心身ともに疲弊していたCへ、お祖父さんはようやく笑顔でこう告げたという。


「俺らはここまでだ。あとは大丈夫だから、気ぃ付けて帰れ」


 そして、


「あと、しばらくはこっちに来るな。○○と××(Cの両親)にもよう言っておくから」


 と言うと、名残惜しそうにCを見送ってくれた。



 そんな奇妙な体験をした数年後。

 Cは、その時に田舎でお世話になったお祖母さんが亡くなったことを知った。

 あの時の記憶も生々しい中、Cは両親に頼んで葬儀に出席することにした。

 お祖父さんからも「もういいだろう」と許可も下りたので、Cは両親と共に一路田舎へ。

 葬儀も無事に終わり、お祖父さんの家では、ささやかながら親戚で酒宴を開いていた時、Cは改めてお祖父さんに問い質したという。


 自分が見たものが何だったのか?

 何故、あんな形で送り返されたのか?


 それに、お祖父さんは静かに語り始めた。


 あの早朝にCが見たものは「野辺法師のべほうし」というものだったという。

 地元では、雨が降る朝や夕方にごく稀に現われ、村の中へ入り込んで来るらしい。


「野辺法師を見た後は、それと同じ数の死人が出るとされとる。実際あの年は、山崩れで二世帯で7人が犠牲になった。俺も見たことはないが、親戚でもんはおる」


 と、語るお祖父さん。

 今回の犠牲者の数は7人。

 それを聞いて、Cは首を傾げた。

 彼が見た野辺法師の数は8人だったはずだ。

 その疑問に、お祖父さんは言った。



 訳が分からないCは「どういうこと?」と聞いた。

 すると、お祖父さんは、


「あの日、お前を棺桶かんおけに詰めて運んだろう?あれが野辺法師には『最初の犠牲者』に見えた筈だ」


 それで、Cは合点がいった。


 叔母さんが用意してくれた「一膳飯」

 自分が乗った軽トラの「棺桶」

 お祖父さんが言った「“しゃべるな”という諸々の警告」

 そして、近親縁者と住職による「行列」


 それらは、全てCを死人に扮装ふんそうさせるものだったのだ。


「野辺法師(あれ)は『見た者を憑り殺して、野辺へ送る』と言われているのだ。だから、お前を急いで『野辺送り』の要領で追い返し、こっちに来させないようにしていたんだ。本当に済まんかったな」


 そう謝罪するお祖父さん。

 ようやくすべてを知ったCは、のちにこう言っていた。


「俺は、それまで幽霊とか怪奇現象は信じなかった。けど、それは間違いだった。俺らが知らないだけで、そういったモノは、マジで存在するんだよ」


 皆さんも、気を付けて欲しい。

 関わろうとするもしないにも関わらず、怪異はいつでも私達の隣りに立っているのだ。

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本当にあった怖い話4「野辺法師」 詩月 七夜 @Nanaya-Shiduki

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