第6話 白塗りの記憶

 あたりを見渡すと、相変わらず白い風景が広がっていた。

 でも、違う。ここはさっきまでいた集落じゃない。

 それでも、どこか見覚えのある風景だった。

 すると、一人の少女がこちらを見た。どこか見覚えのある、無邪気な顔だった。

 しばらくすると、その少女の母親と思われる女性が駆け寄り、そっと少女を抱きしめた。

 そして少女を慰めるように、哀れむように、途切れ途切れにこう言った。

「全部、全部。私のせいなんだわ…。ごめんね、色を見せてあげられなくて。ごめんね、ちゃんと産んであげられなくて…」

 その後、女性は何度も何度も「ごめんね、ごめんね。」と繰り返し、静かに、その少女を抱きしめたまま、泣いてしまった。

 少女は、自分の母親を怪訝そうな目で見ながら、

「おかあさん。どうしたの?おかあさん、なんにもわるいことしてないよ?」

 と言った。

 その言葉をきいて、女性はさらに感極まり、嗚咽を漏らしながら泣きじゃくった。

 少女は子供のように泣きじゃくる母を心配しながら、

「こん、なにかわるいことしちゃったかなぁ?」

 と言った。

 女性はその言葉を否定しようとしたのだろう。なんとか少女を慰めようと声を出した。

「い、いえ…違う、のよ。紺、ちゃんは、なにも…」

 しかし漏れてくる嗚咽が抑えきれず、うまく声が出せないようだった。

「なにも、悪くな、い…うぅっ…」

 思い出した。これは私だ。これは、私がまだほんの幼い少女だった頃の記憶だ。

 私は色が見えなかったのだ。建物や風景の色はおろか、動物や、自分の肌の色に至るまで、すべて、見えなかったのだ。

 唯一、描いた人間の感情が詰まった絵だけは、私の目に色を映すことができた。

 じゃあ何故、この街にきてから、私と小町、それからハナさんの頬の色だけは見えたのだろうか?

 わからない。

 もしかして、この街も私の目に見えていないだけで、本当は色が…それはないか。

 ハナさんも小町も色が見えないって言ってたし。


「…ちゃん…紺ちゃん!」

「…んん?」

「おはよう、紺ちゃん。なんだ、ちゃんと寝られるじゃない!」

「あぁ…ほんとだ。もう朝だね。」

「ハナさんが朝ごはん用意してくれてるから、早く支度して!」

 そう言われて渡された着替えの服は、何故か私にぴったりのサイズだった。


「うん…昨日から色々してもらってばかりで、なんか申し訳ないなぁ…。」

「うーん…そんなことないんじゃないかな?」

「そう?」

「きっとそうだよ!ほら、例えば、私と紺ちゃんがここに来たのと、ここから色が消えたのには、何か関係があるかもしれないんだってさ。ハナさんが言ってた。」

「へぇー。それはそれでなんだか申し訳ない…。」

「だから、この場所に色を取り戻すために、私たちは協力しなければならないのですよ!」

「誰と協力すればいいのかな?」

「それはまぁ、私と?…あっ、そうだ。今日ご飯食べ終わったらねー」

 そう言って、小町は一拍置き、

「私と、ハナさんと、紺ちゃんとで”城“に行きます!」

 と、ドヤ顔で言い放った。

「”城“って…?」

「まぁ、それは行けばわかるよ。とりあえず、ご飯食べよう!」

 そして、小町は私の手を引き、リビングへ向かった。


 朝ごはんとは思えないほどの手の込んだ食事に舌鼓を打ったのち、ハナさんが「少し遠出をするので、支度をするように。」というので荷物をまとめようと思ったが、そもそも今の私は何も持っていなかった。

 ということで、ハナさんから借りたリュックサックに水筒とお弁当(これも用意してもらった)を詰め、”城“と呼ばれる場所へ向かうこととなった。


“城“に向かう途中。小町がこんな話をふってきた。

「紺ちゃんって、本読むの好きなんだよね?どんな本が好き?」

「うーん…どんな本…ファンタジー、かなぁ。」

 すると、道案内をしてくれていたハナさんが声をあげて

「ファンタジー!紺ちゃんも、ファンタジーが好きなのね。」

 といったので、

「おお、ハナさんもファンタジー読むんですか。」

 と、応戦した。

「紺ちゃんは、どの本が好き?」

「どの本…ですか。やっぱり、銀河鉄道の夜とかですかね。」

「ほうほう…わたしはね、星の王子さまが好きだなー。でも、銀河鉄道の夜も良いよね。」

「ですねー。そういえば、ここにも私たちのいたところと同じような本が置いてるんですね。」

「そうねぇ…。私たちの場合、集落に小さな図書館があって、そこに定期的に新しい本が入るから、それを読んでいるのよ。」

「図書館…良いですねぇ。最近本読めてなかったから、一回行ってみたいなぁ…。」

 とこぼすと、ハナさんが

「じゃあ、明日また連れて行ってあげるわ。」

 と言った。


“城“はハナさんたちの集落から徒歩で30分ほど離れた場所にある、中世ヨーロッパ風の塔だった。

 煉瓦造りで、周りには蔦が生えており、城というほどの大きさでもないものの、どことなくそれっぽさを感じさせる建物で、扉には鍵がかかっていなかった。

「どうぞ、入って。…この時間なら、ランプの明かりはいらないわね。」

 と、ハナさんが言う。

「お邪魔しまーす…」

 人がいる気配はなかったが、なんとなく挨拶をしてしまった。

 するとハナさんが本棚の方に駆け寄り

「えぇと…確かね…そう、これ。この本!見覚えない?紺ちゃん?」

 と言いながら、一冊の本を私に手渡した。

 当然のことながら、身に覚えはなかった。

 しかし、そんなことを言われて読まない手はないだろう。

 私は、その本の表紙をめくった。


『4月5日

 今日は高校の入学式。一人暮らしも始めたし、これからは親に迷惑かけないようにしなくちゃ。


 4月16日

 早速色が見えないことがばれてしまった。クラスメートは笑って流してくれたけど、本当はどう思っているんだろう。


 5月3日

 勉強しなくちゃ。ちゃんと学校行かなくちゃ。もう…もう親に、迷惑かけないようにしなくちゃ。


 5月28日

 もう疲れた。教室に行くことが億劫で仕方がない。でも行かなきゃ。だって、もう心配をかけるわけにはいかないんだから。


 6月4日

 学校の裏の森に、おかしな塔のような建物を見つけた。今日はもうここで授業をサボろう。

 』


 内容を見る限り、日記らしかった。

 ページはまだ残っていたが、白く塗りつぶされてとても読めたものではなかった。

 確かにその少女の境遇は私に似ていた。色は見えなくて、高校生で、様々なことを抱え込んでいた。でも、

「なんで、私がこの本に関係してると思ったんですか?」

 と、聞かずにはいられなかった。

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