第5話 眠れぬ夜に

 そっと開いた扉の隙間から、誰かが顔をのぞかせて、こちらの様子を伺う。

「紺ちゃん。起きてる?」

 小声でそう私に呼びかけた声の主は、小町だった。

「起きてるよ。」

 そう答えると、小町は私の貸してもらった部屋に入ってきた。

「あ、良かった。いや、良くはないんだけど…さっき眠れないって言ってたから。」

「あぁ、うん。いつものことだから、大丈夫だよ。」

「そう…ごめん。私、完全に説明不足だったよね…。」

「いや、大丈夫。ハナさんにも少しお話聞けたし、ハナさんのお家のひとにも良くしてもらったしね。」

「確かに、ハナさんのお家のひと、優しいよね。」

「うん。」

 小町と私の間に沈黙が流れ、少し気まずい空気になる。

 そして、小町は決心したように私にこういった。

「ねぇ、紺ちゃんってどこから来たの?」

「どこって…日本?かな。」

「日本…私と同じだね…。突然で申し訳ないんだけど、私たちもう少ししっかり自己紹介しない?」

「えっ、うん。いいけど…」

 すると、小町は声を整えるためか、こほん。と咳をして、

「じゃあ、まず私からね。」

 と自己紹介を始めた。

「私の名前は白銅小町はくどうこまち。4月12日生まれ。16歳の、高校1年生。趣味はガーデニングと音楽鑑賞と絵を描くこと。特技はおかし作りだよ。」

「そうか…って、小町。私より年下だったんだね。」

「そうなの?てっきり同い年だと思ってた!…話し方とか変えたほうが良い?」

「いや、いいよ。そのままで。じゃあ、私も自己紹介するね。」

 私は不眠症のせいで記憶に障害が起こり、ここに来る直前の記憶と、ずっと前、それこそ中学生の頃以前の記憶しかない。しかも、その記憶すら所々白いもやがかかったように思い出せないところがある。でも、自分の年齢ぐらいはさすがにわかる。

「私は佐伯紺さいきこん。16歳の、高校2年生。誕生日は…確か10月27日。趣味は読書と音楽鑑賞。特技はピアノ。それで、ここに来る半年前から2年前ぐらい前までの記憶がない、かな。よろしくね。」

「よろしく。…そうか、紺ちゃんも…。」

 そう言って小町が手を差し出す。私はそれに自分の手をかさね、握手をする。

 何か小声で言っていたような気もするが、気にしないことにした。

「そういえば、気になってたことがあるんだけど…。」

「何?」

「昼間言ってた“あの日”っていつのこと?」

「あぁ、私がここに来た日のことだよ。私が初めてこの集落に来た時、ハナさんが教えてくれたの。『昨日まではカラフルだったのに。』って。」

「あっ、なんかごめん…」

「大丈夫。私自身、あまり気にしないようにしてるから。それに、私、記憶がないの。ここに来る直前の記憶が。だから、本当に何かしちゃったのかもしれないしね。」

 さっき小声で言っていたのはこれか…。と思いながら、礼を言う。

「いろいろ教えてくれてありがとう。」

「いいえ、どういたしまして!じゃあ、私は寝るね。おやすみ。」

 そう言うと小町は、軽くウェーブがかった髪を揺らして微笑み、部屋を出て行った。

 小町は今日初めて会った人のはずなのに、なんだか懐かしいような感じがした。

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