第127話 初めては

才造サイゾウ霧ヶ峰キリガミネ涼介リョウスケ様を知ってる?」

「知ってるも何も、ワシの爺さんに当たるからな。」

「あー、なるほど。納得。」

「というか、ワシの苗字は霧ヶ峰だ。何に納得してるのか知らんがな。」

「いやぁ、初めて知ったわぁ。そっかそっか、うんうん。道理で。」

「何が?」

「こちとらの初恋は霧ヶ峰涼介様だって話。」

「は?…もう死んでるじゃねぇか。似てるか?」

「いやまったく。外見全然だわ。けどまぁ、外見で好き嫌い決まる性格じゃないから。」

何処どこで納得したんだ。」

「薬作んの上手いのと、特定の人にしか喋んないとこー。」

 少しの沈黙が、入り込む。

 才造は少し考えて頷いた。

「お前の好みはわからんが、爺さんの残した書物にはお前は載ってた。お互い気に入ってたってことか。」

「なにそれ!?見して!」

「残念ながら代々霧ヶ峰の者のみの書物でな。」

「涼介様、なんて言ってた!?」

「忍同士がゆえに告白出来ないのが悔しい、と。まぁ、完全にどうでもいい個人的な日誌ばかりだった。」

 むぅ、と頬を膨らませて両手をたしっと才造の膝上に置く。

「どうでもよくない!!」

「なんだ。まだ爺さんが好きか。」

「そりゃ…だって…。」

「ワシが居るのに、か?」

 ぐいと顔を近付けて不満だと目で訴える。

 爺さんに勝てないのが逆に悔しい、と。

「お馬鹿さん。今はただの尊敬だよ。あんた以外にゃ好きなんて本気で言えないよ。」

「書物を見たいか?」

「見たいよ、そりゃ、尊敬してるお人様のだもの。」

「見たくてしょうがない、ってか?」

「悪い?そういうの、気になるんだよ。」

「なら…。」

 両手で顔を包み込む。

 そして目を真っ直ぐ見た。

「ワシの苗字になればいい。」

 その言葉の意味を理解した瞬間、顔が熱くなる。

 きっと、真っ赤っかなんだろう。

 そらそうにもそらせられない顔を隠したくても、隠せられない。

「う……ぁ…。」

 上手く言葉が口から出ない。

 いや、その前に言う言葉が浮かばない。

 それどころか、声が出ない。

 泣きそうだった。

 余裕なんてなかった。

 それくらい胸が詰まって、どうすればいいかわからなかった。

「おい…泣くな。」

 指が涙を拾った。

 一つ涙が転がれば、二つ、三つと止まらなくなる。

「才造の馬鹿ぁ~~。」

 その両手から逃れて才造の胸へ飛び込む。

 ぎゅっと顔を押し付けて、子供みたいに泣きじゃくる。

 どう答えていいかわからない。

 どう反応すればいいかわからない。

 わからなくて、わからなくて、どうしようもなくなる。

 頭を撫でる才造は、小さく溜め息をついた。

「こういう事には弱かったか。意外だ。」

「も、嫌い。」

「あぁ、そうか。」

「嫌い、嫌い、嫌い、嫌い。」

「あぁ。」

「大嫌い。」

「あぁ…。」

 顔をあげるとその目とかち合う。

 怖くなって手を伸ばした。

「嘘、好き。」

「あぁ、そうか。」

「好き、好き、好き、好き。」

「あぁ……そう、か。」

「大好き。嫌わないで、好き、好き。」

「わかったから。」

「嫌いじゃない、大好き。」

「少し、待ってくれ。」

 はっと気付けば、才造の心臓はばくばくと大きな鼓動を刻んでいる。

 才造を見れば顔を片手でおおって隠している。

「好、」

「分かってる、わかってるから、待ってくれ。ワシの心臓が持たん。」

「才造?」

「あまり言い過ぎるな。ワシがどうにかなりそうだ。」

 隠しきれないその耳の真っ赤な色が、焦る心を落ち着かせる。

 嬉しいようなよくわからないような。

 ねぇ、名前を呼んで。

 苗字から全部呼んで。

 一緒がいいの

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