第124話 条件と

 チリン…リィン……

 着物をふわりと波打たせては、くるりくるりと舞い踊る。

 その度に鈴が鳴り響く。

 黒い着物には赤い華が咲いている。

 影が足元で別の動きをしてみせる。

 こんな不思議な風景が、すぐそこにある。


 まい

 鈴の音に酔いながら

 何を想わず舞い狂え

 鮮やかな影に操られ

 息の乱れも気にせず歌え


 まい

 鈴の音を探しながら

 何も見えず舞い狂え

 鮮やかな影にあざむかれ

 髪の乱れも気にせず歌え


 リン…チリン……

 舞い狂うその神はやめようとはしない。

 舞や舞えと、繰り返す。

 影が徐々に上へ揺らぎ昇る。

 儀式ぎしきのようでもある。

 楽しそうに、ただ舞い続ける。

 疲れることさえ知らないように。

 ぱん、と手を鳴らすと鈴もリィンと鳴った。

 段々速くなっていく。

「師匠ー、もうやめましょうよ!」

「無駄だ。聞こえていない。」

 虎太コタさんはそう静かに言った。

 笛は吹かないのか?

「笛は?」

「必要ないはずだ。それに、感覚を狂わせるだろう。」

 リン、リン、リィン、チリン、リン、チリン、リィン…

 鈴の音も速くなる。

 歌を歌って舞いを舞う。

 目が赤く光って、顔に黒の模様が浮かび上がる。

 着物が変化を見せ始めている。

 リンリンリィンリンリンチリンリィン

 影が濃くなっていく。

 と、ふらついて乱れた。

 その瞬間全てが解かれる。

「あー、もー!最初っから!」

「師匠、なにして…。」

「開門術!…を、無理矢理作ってるとこ。」

「なんだそれ。」

「向こうの世に戻れるようにしたいの。だから、術出来るもん全部駆使してやってんだけど…。」

 神でも出来ないことはあったらしい。

 というか…舞う必要はあったのか?

「条件だな。影神は舞うのが条件。風神は笛。力を使う条件だ。」

「へぇー、だからずっと?」

「そゆこと。けどまぁ、集中力がないと無理無理。」

「師匠の集中力どうなってんだ…。」

 ふらついたのは集中力が解かれてきていたというよりは、疲労だろう。

 立っている師匠の足が震えているし、やっぱりフラフラしている。

 何時間も舞い続けるだけなら余裕そうだけど力を使うからなんだろうな。

「休め。」

「あと少しかもしんない…。」

「そうだとしても、その状態じゃこれ以上は行かないだろ。違うか?」

 才造サイゾウさんがそういって師匠を支える。

 師匠はその言葉に溜め息をついて、身を預けた。

 思い出せば確か、俺が師匠の一本を取れたのも師匠の疲労のおかげだった。

「こういうふうに術を作ってたのか?」

「まさか。今までのはここまできつくないよ。一度でも成功すれば早いし。」

「お前が異常なほど疲れてる日はそうやってたってことか?」

「ご名答。まさに、それ。」

 甘えるように才造さんに顔を埋めてぎゅっと抱きついている。

 猫か。

 あ、猫だったわ。

 その頭を撫でる才造さんの表情は相変わらず変わらない。

「才造さんって笑いませんね。」

「いや、覆面取ればわかるよ。一応口角上がってる上がってる。」

「全然表情変わらないように見え…。」

「悪かったな。」

 最後まで言い切るまえにそう遮られる。

「才造は行動で感情表現する性格だからねー。表情にはあんま出ない子だからしょうがないって。」

 疲れた、という顔を一切見せない師匠も、ある意味表情には出ないタイプだな。

 表情に出ないというより出さない?か?

 表情を作らない才造さんと、表情を作って隠す師匠の、どちらが厄介かと聞かれれば迷うこともないんじゃないか。

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