第121話 時間は流れる

 リンと音が響いた。

 鈴がリンと。

 リン…リン……

 リィンッ

「あっ。」

 目の前には真っ黒な着物を身にまとった猫が舞うように鈴を鳴らす。

 振り返りざまに笑みが見える。

 影がゆらりゆらりと揺らめく。

「ヤミサ様…?」

「なんで!?」

 リン…リン……

 鈴は響く。

 崩れた屋敷の前で。

 リン……リン…リン……

 影を踏んで手を伸ばしては、鈴がそれに合わせるかのように。

 リン…

 しばらく見とれていた。

 ハッと我に返る頃には鈴は止んでその姿は消えていた。

 もう時間だ。

「久しゅうこった。なり損ない君。」

 後ろで声がして、振り返れば瓦礫がれきに腰掛けていた。

 あの時と変わらない姿で、あの時と変わらない笑みで。

「覚えてるよ。リャト。と、そのお兄さん。」

 そう言われて嬉しかった。

 矢文やぶみをちゃんと読んでくれていた。

 来てくれるかはわからなかったし、忍なら場所くらい探し当てられるかと思った。

 そしたらちゃんと…。

「よく生きてたね。今まで、よく、死なずに。」

 優しくそう言いながら、ふわりとそこから降りると頭にポンと手を置いた。

 子供扱い、とかいう感じはしなかった。

 ただ、涙が出そうだった。

 そんなこと、言ってくれる人はいない。

 いないから、喉に息が詰まりそうだった。

 ただ、もう一度会って、認めて貰いたいだけだった。

 多分、それだけだったのに、それ以上の感情が心の中で暴れ出す。

「我慢しなさんな。泣きたきゃ泣けばいい。誰も見てないさ。誰も馬鹿にはしないさ。ね?」

 その優しさについには涙が零れ落ちた。

 あれから頑張ってなんとかまともな仕事にありつけて、それでも苦しい生活を続けていた。

 誰も俺たちに目は向けない。

 そんな虚しさを抱えながら。

 だから、俺たちを小馬鹿にしながら消えた影に、もう一度会いたかった。

 怒っていながらも、助けてくれて、決して無視はしなかったその目を見たかった。

 満足したかった。

「もう大人だねぇ。辛かったでしょ?苦しかったでしょ?目にくままで作っちゃって。」

 小馬鹿にしたようなことは言わない。

 ただ、受け止めてくれる。

 その手は防具を外していて、体温がわかる。

 人の体温より明らかに低い体温だけど、嫌な感じはしなかった。

「あぁ、そっか。これ外してたわ。ごめんね、こちとら体温低いからさ。」

 手を離してそう謝る忍に首を振る。

「会いたいってくらいなら、何かしたい話でもあるのかな?それとも、会うだけで良かった?」

 喋れない俺の代わりに、口を開いたのは兄だった。

「話…聞い、て……欲しい。」

「うん。なんでも聞くよ。」

 頷きながらそう答える。

 俺たちが話すことに、うん、うん、と頷きながら目を見て話を聞いてくれた。

 声が詰まっても待ってくれた。

 時々、言葉を挟んでくれて、そのたびに涙が流れた。

 吐き出したかったことを、本音を全部言った。

 嫌な顔一つしない。

 背中を撫でながら、「大丈夫。あんたは強いよ。ここまで頑張ったんだから。」と言ってくれた。

 自殺しようとしたことも、勇気が出なくて死ねなかったことも。

 全部。

 すると抱き締めて「死なないでくれてありがとう。生きててくれてありがとう。」と初めて言われた。

 初めてそんな言葉を聞いた。

 それが一番心の中で響き、死にたい、なんて気持ちが徐々に消えていくのがわかった。

「無理しなくていいさ。誰も見ちゃくれないなら、こちとらがあんたらを見てあげる。よく頑張ったね。」

 ただ、欲しかった言葉が忍の口から次から次へと転がり落ちて、それを必死にこの耳で拾い上げた。

「どうやったら…強くなれる…?どうやったら……そんなに…。」

「強くないさ。こちとらみたいになんないで。あんたはあんたでいい。無理に強くなんなくていい。生きてるだけで十分凄いんだ。」

「なんで?」

「もう子供じゃないんだから、前を向きな。逃げたっていい。逃げられるのも強さだ。」

 答えてはくれなかった。

 何故、忍がそういうのか。

 何故、同じようにはなるなと言うのか。

「時間は有限だよ。無駄にはしなさんな。」

 鈴がリンと静かに鳴った。

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