第112話 笑え

 ドクドクと強く波打つ鼓動を抑えようと心臓のある辺りをギュッと掴む。

 外まで聞こえそうなそれは、焦りを浮かばせる。

 忍になってから汗なんてひとつもかかなくなった体から落ちた水はきっとそれじゃない。

 目から溢れる水が記憶まで流してくれるのならいい。

 今更首輪が合わなくなった。

 影が揺らめく。

 そうだ、思い出した。

 風が巻き上がり、手をすり抜けた。

 クツクツと笑う。

 釣り上がった口角は、面白がる。

 そこに居たのか。

 そこに、おのれは居たのか。

 クツクツと、喉で笑う。

夜影ヨカゲ…何かあったのか?」

「えぇ、えぇ、ありましたとも。こちとらの体が、あんな所に。」

「体…?何を言ってるんだ?」

「こんなことはありますか?あぁ、本当に。」

 もうどうでもよかった。

 解放を望んでいた。

「もう、あんたの忍にゃなってらんない。さいならだ。」

「どういう…?」

「言ったでしょ?死ぬ前に。確かに言った。いつまでもあんたの傍で仕えることは出来ないってね。」

 今、直ぐにでも行こう。

 コタ、あんた、こちとらを封印する為に手を貸しておきながら、何をそう急いて起こそうとする?

 もう終わりにしよう。

 最終話を迎えよう。

 影に飲み込まれていく感覚がした。

 ビャクがこちとらに手を伸ばす。

 悪いけど、構ってらんないんだわ。

 あんたというあるじも、その世の主も、もう要らない。

 城へ向かう。

 ソコに居るんだろ。

 コタ、あんたが見つけてくれたんだ

 だから、お返ししなきゃいけない。

 お伽噺とぎばなしの間違いも、コタのしたことも、全部直してあげよう。

 最初から、己はその世にも居なかったってことだ。

 影が足を速くする。

 影が目を光らせる。

 窓を割って地下へ駆け下りる。

 誰の目にも映らずに。

 着けばコタが立っていた。

 ゆっくりと振り向いて、手を伸ばす

 その手を掴むこともせず、己は我が身へ駆け寄った。

 笑え。

 何十年、何百年、何千年を通り過ぎた?

 何十回、何百回死んだ?

 何千、何万人を殺しただろうか?

 触れるとそれはこの手を弾いた。

 戻れない?

 許さない。

 弾かれた手で無理矢理触れる。

 痛みが血を流しながら伝っていく。

 鎖を掴んで、握り締めた。

 これが、これが縛るから

 力一杯引っ張った。

 この首も、この手も縛るから。

 ふだが燃えていく。

 動けないんだ。動きたいんだ。

 その火が燃え移って酷く痛みを感じる。

 もう縛られたくない。解放して。

 断ち切った瞬間に体がドロリと溶けて沈んで飲み込まれる。

 もう、誰の首輪もこの首に飾らない。

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