第107話 一枚の記憶日誌

 一番恐ろしいと感じたのは、あの状態でまだ動こうとし、尚且つ笑うことだ。

 目にした時はバケモノかと思った。

 無くなった筈の四肢は縫い付けたのだと後々本人から聞いたが。

 その縫い付けただけの四肢が何故動くのかもわからなかったが、それよりも血が身体中から噴き出して血溜まりを作っていくにもかかわらずその足で、その手で起き上がろうとする。

 突然倒れたのにも驚いたが、その時には既に血だらけだった。

 恐怖が心を支配して、あのままカラスであるミヤビを見殺しにすることにとてつもない重しがかけられた。

 仲間殺しというやつだ。

 今直ぐにでも止めて欲しい。

 無理矢理体を動かそうとするのを止めて欲しかった。

 死んでしまう。

 駆け寄って、もう動くなと止めても聞こえていないかのようにもがく。

 『まだ…まだ、動けるんだ。』と、言いたげのそれは最早もはや人でもカラスでもない。

 こっちを見たかと思えば狂気の笑みを浮かべた。

『このまま死んだら、お前のせいだ。お前が殺したも同然だ』

 そう嘲笑するようにしか見えなかった。

 ミヤビはかすれた声で吐き捨てる。

「 」

 それを聞き取ることは出来なかった。

 ブチッと音がして、片腕が転がった。

 ミヤビの腕が…取れた…?

 痙攣するミヤビは虚ろな目になって、いよいよ死ぬんじゃないかと…。

 そんなミヤビを抱えて救護部屋に駆け込んで治療を乞うた。

 必死だった。

 服の下はグロテスクな傷が残っていて、自分で縫った痕も見える。

 ただ、ミヤビが動けるようになった日には、怪我が綺麗に消えていたのには驚くしかなかった。

 タネ明かしを言うと、怪我を化粧で隠したんだと。

 いくら忍みたいだといえどカラスはカラスだし、仲間なんだ。

 あれだけ追い詰めておいて死ぬとなれば恐怖でいっぱいになるというのに、ミヤビは変わらず笑った。

 そして、その笑みを「笑狂い」のせいだと一言告げると仕事へ走っていった。

 思い返すと再び恐怖が襲ってきた。

 それからミヤビには何もしていない。

 会うことも避けている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る