第92話 欲の巫女

 まったく…おのれには呆れる。

 拾われて4日…か。

「あら、見ない顔ね。もしかして、欲神様に会いに来た…とか?」

 巫女みたいな女の人がいきなり話しかけてくる。

 なんだ、この世界はそういう奴ばっかなわけ?

「ちょっと、無視しないでよね。欲を叶えに来たんでしょう?」

 無視無視。

 何が欲だ。

 叶え方を間違ってる口されてもね。

「欲を叶えたいんでしょう?わかるわよ。あなた、最近話題になってるシノビって人じゃないの?水晶でも見たわ。あるじを無くしたことも仲間が死んだことも全部ね。」

「あー、そうかい。とんだ覗き魔だこと。」

 手で害虫を払おうとしっしっと失せろを示す。

 それでもこの人はついてくる。

「酷い言いようね!」

「間違えちゃいないデショ。」

「欲があるんでしょ?叶えてあげるわ。」

「黙んな。ないよ、そんなモン。」

 睨めば向こうもムッとした顔を作る。

 あー、ダルい。

 こういう人間は好きじゃない。

「ないわけないわ!あるでしょうが!欲!」

「忍にゃそんな欲ないの。お引き取り願おうか。」

「待ちなさいよ。アタシの仕事なの。」

「あーハイハイ、ご立派なこって。」

「バカにしないでよね!言ってごらんなさい、叶えて見せるわ。そしたらわかるでしょ、アタシの凄さ!」

「有難くもないお話どーも。凄い凄い。ご立派なお仕事だわー、うん。」

 面倒だ。

 ますます怒って目の前に回り込まれる。

 視界に入ってこないで欲しいね。

 あんた邪魔だよ。

 言いたい言葉を飲み込む。

「もう一度会いたいとか、もっとって思わないの?」

「思わない。」

「一度過ぎれば終わる欲なの?会いたいって思った人に一度再会して満足。気付いて欲しいって思ってた人に気付いて貰ってその一度で満足。欲が薄いというか何というか…。」

 あー、余計なお世話だねぇ。

「いいんだよ。一度で済ませる程度の欲でも、その一度を叶える努力くらいは少々でもする。それでいい。一度叶えば二度は望まない。」

「なんで?『シノビだから』ってまた言うの?」

「あぁ、そうだね。『忍だから』、欲は薄くて充分!そもそも欲なんざ要らないモノだしね。それともう一つ。二度まで望むほど、こちとらはワガママじゃないってことだ。」

「冷めた人ね。でも、欲があるでしょう?今、一つでも。」

「ないね。一つも。」

「嘘でしょ?」

 ハッ、と鼻で笑う。

 お馬鹿さんにゃわかるまい。

「ないってんでしょ。あんたに頼む程度の欲なんざないね。欲を満たすのはいいけど、満たされるのは好きじゃない。他を当たるこった。」

 そういうの、己で叶えてこそでしょ。

 簡単にそうそう叶うんじゃ、有り難さもないわ。

 そういう奴は大体くだんないんだ。

 叶えたところで…ってやつかね。

 ま、それを手伝ってるコイツも同類かねぇ。

「あなた…欲には溺れない人なのね。」

「さぁ、どうだろうね。案外溺れやすい奴かもよ。」

「不思議な人ね。」

「褒め言葉として受け取っておくよ。そんじゃ、精々そのご立派さんなお仕事頑張るこった。」

「最後までバカにするなんて。」

 ケラケラと笑ってみせる。

 それから影がソイツから見えなくさせてくれた。

 もう…飽きたんだよ…そういうの。

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