第88話 妖が救いの狂笑忍

 途切れそうな意識で音もしない空間に座り込んだ。

 ただ、意味もわからず笑いが込み上げる。

 夢を見るな。

 現実を見ろ。

 何一つ、嘘ではない。

「アハ、アハハハハッ!!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 脳が考えることを投げ捨てる。

 ただただ笑った。

 残った妖力は無駄に垂れ流れて、この空間に漂い続ける。

 影は広がって、赤目から血が絶え間無く流れ落ちていった。

 痛みは知らなかった。

 殺意が手に現れて、独りでに痙攣しながらその手を変化させる。

 ゾクゾクする。

 息が詰まる。

 おのれが何か気狂いなのかとか、そういうのはなんとなくわかっている。

 陰が強いやつは皆、色狂い、気狂い…取り敢えず何か持って生きている。

 そして、早死にする。

 数が少なくて稀…というか何年、何十年、何百年?とにかく何千年に一人居るか、それ以下かもしれないけどまぁ本当に希少なんだって聞いた。

 だから己は才造サイゾウよりも先に死ぬかとこの人生でも思っていた。

 才造は、心臓がない。

 笑いが止まらなかった。

 伝説というまでもない弱さを兄妹共に無様に晒した。

 まぁ、忍ってのは武士やらより弱いし、だからこそ騙し討ち等の正々堂々とはまったくかけ離れた戦い方を通常とする。

 武士より出来ることが多いってだけ。

 あるじの出来ないことを全て補うように行うのが己ら忍だ。

 気配が聞こえないということは、その主すら守れず殺されたってことだ。

 どうしても収まらない。

 貫かれてもまだここにある心臓は徐々に治っていくのがわかる。

 ハッと気付いた。

 妖力が、傷を癒してくれている…ということか。

 あやかしというモノは己のみならず相手の傷も癒せる。

 魂をからかい遊んでそれから食らうような性格の悪い者が多いが、その性格だろうが妖力は癒しも恐怖も与えることが出来る。

 意思次第で。

 虎太コタに駆け寄って心臓辺りを見やれば、別に心臓を狙われたわけではない。

 頭から血が流るる様子から脳ミソだけか。

 それでも、血は止まっている。

 息も浅いが残っている。

 この空間に充満した妖気と妖力が切れるまでに、虎太が動けるまでに回復してしまえばいい。

 魂を抜き取れるのなら、魂を込めることも出来るんじゃないかと思う。

 しかしどうやるのかはわからない。

セツさん…ねぇ…教えてよ…。雪さん…。」

 死者を蘇らせる禁術は心臓、死体、脳ミソ、そして魂が必要だ。

 場合によっては、生け贄として生きた同種の生き物も。

 それは妖の術だが忍にも恐ろしい術がある。

 死にかけている者、もしくは死ぬ者…主に対してのみ通常使う最終手段。

 主の死を遅らせる術である。

 その術は術者である己の命を犠牲にして主の命を留めることになる。

 ゆえに術者がどれだけ耐えれるかによっては、その日数も違う。

 その術をかけられた者はたとえ、どんなに酷い傷を負っていてもどれだけ大量に血を流していても関係なくピンピン動ける。

 己も一度使ったことがあり、主は結局その術が切れる前に回復をしてみせてくれた。

 その時は己も結構な痛手を負っていたこともあって、三日間だけしか延ばせなかった。

 術者はその術をかけた瞬間から意識を失い動けなくなる故、主がその間どれだけ頑張ったとかもわからない。

 よくあるケースとしては、主がそのまま回復しきれずにその忍と共に死ぬという結果。

 忍がどこまで時間を主に与えられるか、そして主がその時間でどれだけ回復出来るかがこの術の勝負である。

 一か八かの賭けのようなモノで、忍からしたら術をかけた瞬間から死んでるようなものなのだ。

 一応主が術の時間切れで死ぬまで息はあるのでただ眠っているだけと変わらないので、同時に死ぬことになる

 が、己が体験したそれは術が時間切れで途切れたら目が覚めて主が己を見下ろしながら泣き笑いしていたってだけだ。

 主さえ回復し死ななかったら術者である忍も勿論死なない。

 ただ、今はそれを使わない。

 完璧に己も死ぬとわかっているからだ。

 手遅れ…かな。

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