第74話 人だった頃

 身体中の傷や痣が酷く痛い。

 昨日は倉庫に閉じ込められて、声が枯れる程叫んで、手が真っ赤になる程扉を叩き続けた。

「出して!」

 声も音も誰にも届かない。

 今日は狂暴な犬の檻へ放り込まれた。

 そこら中噛まれたり引っ掻かれて血が出た。

 毎日毎日苦痛を呑み込んで笑って隠すのも、段々難しくなってきた。

 母親は目の前で殺されて、父親は目の前で事故に巻き込まれた。

 兄の斜め後ろ三歩空けて歩いて兄の影すら踏まないように。

 いつの間にか、自分の影が色鮮やかに見えた。

 前世は母親に殺された自分が今度は母親を殺されて、いじめに会う。

 兄は気付かなかった。

 当たり前で、私が嘘をついて隠してたから。

 風が唸って兄は飛んだ。

 兄が帰ってくることはなくて、下を覗きこんだら死んだ兄が倒れていた。

 それでも、戻ってくるんだって思ってた。

 鬼子おにごの私を置いていった兄を恨めなかった。

 それからは独りだった。

 お祭りを通り過ぎる時に、白と黒のお面を拾った。

 赤い目は、私にそっくりで嬉しかった。

 明日あす、私は、餓死しました。


 嘘ばかりついて隠すことが得意でした。

 僕は知らないお国に立っていました。

 仮面が手元にあるままで、僕は仮面をつけたまま人を避けて山へと逃げました。

 動物と会話が出来るようになったのは、僕が仮面をつけてから数年が経ったあとでした。

 町へ降りてみたとき、僕はそれを後悔した。

 武士が乗った馬にはねられて、僕は今日、死にました。

 兄は何処にもいませんでした。


 足を引きずりながら、ただただ思った。

 おのれの弱さが憎くて仕方がなかった。

 初めて産まれた時からずっと。

 今までずっと。

 日に日に増えていく傷が、痣が、辛かった。

 人間ひとが怖くて仕方がなかった。

 大嫌いで、一緒にいるだけで気分が悪くなった。

 何度死んだ?何度殺された?

 己が何をした?

 知らない灰色の部屋が、死ねとばかりに。

 昨日、そこで、息絶えた。


 お婆さんが俺に言った。

「お前は、強い子だ。影がわかる子だ。」

 と。

 何を言ってるのかわからなかった。

「影はお前に従い、逆らわないだろう?」

 お婆さんが教えてくれたのは、影のことだけ。

 影は生まれつき持っているモノで、俺のことを言うのは陰がとても強いんだってこと。

 陰が強い奴はとても少なくて、持ってる奴は皆早く死ぬ。

 気が狂ってしまう奴もいれば、殺される奴もいるし、色々なんだって。

 その中でも凄く陰が強いって言ってた。

 影を操れるようになるってお婆さんは言った。

 影は変わらなかった。

 俺はわからなかった。

 そのまま、俺は一昨日、首をしめられて呆気なく死んだ。


 兄は 何処にも 居なかったんだ

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