第67話 呼んで

 空いた手はかんざしを握る手を掴んで、口角を上げた。

 なんのつもりか、顔を近付けてくるので急いで左手を離して後方へ下がったのはいいものの、まだ右手がその手に捕まったままだった。

「離してくんない?」

「(逃げるな。)」

「嫌だね。」

「(仕掛けたのはお前だろう?)」

「あんた何考えてるの?何のつもり?」

「(何処でソレを覚えた?何処で仕入れた情報だ?)」

 息が止まる。

 さっきの行動は、そういうことじゃなかったんだ。

 なら何故馬鹿みたいに引っかかった?

 気が付けばまた手を伸ばされる。

「触らないでくれる?」

 それを払い退ける。

 痛い…痛い痛い痛い!

 どうしようもないほど心臓が痛みを主張する。

 フワリと背後から腕を回されて、見あげれば才造サイゾウがいた。

 これでもかと相手を睨み付けて、殺気を放っている。

 やっと、息を吸えた。

 痛みはそれでも収まらなかった。

 気付いて欲しさで利用して、勝手に期待した。

 それが空振って酷く息苦しくなる。

 才造の腕から影の中へ逃げ込んだ。

 世界が途端に鮮やかになって、地上を現した。

 もう、出たくない。

 ここから、外へ行きたくない。

「待て。」

 懐かしい声が響いた。

 初めて恐怖が影にまで降りてきた。

 走ってその声から逃げる。

 底を蹴るたびに音が弾けた。

 手首を掴まれて、引っ張られる。

 追い付かれたなんて、可笑しい。

 そのまま抱き締められた。

 体温はない。

 耳元で息切れをする虎太コタに、まさか全速力で追いかけたのかと思わせられた。

 じゃなきゃ追い付かないんだから。

「**。悪かった。今、わかった。」

 ノイズが入ったように、聞き取れなかった。

 今、なんて、呼んだの?

夜影ヨカゲが**だと、気付かなかった。」

 ねぇ、聞こえないよ。

 やっと……やっと、届いたのに?

「**が死んでから、ずっと探してた。そのくせに気付かなかった。悔しいが、お前には勝てないな。」

「それはどっちの口でいってんの。馬鹿じゃないの?」

「あぁ。大馬鹿者だな。やっと、だ。」

「馬鹿。兄妹で殺し合いなんか、死体探しにしかなんないじゃん。」

「忍になったのが間違いだった。」

「本気で殺そうとしてたじゃん。」

「あぁ。それが仕事だ。」

 恐怖が遠退いて、そのつもりがなくとも笑ってしまう。

 懐かしい。

 久しぶりの家族の声。

「最低だね。」

「わかっていて立ち向かうお前もな。」

「だって、それが仕事だもん。」

 虎太も笑いだした。

 こんなこと、忍が許される話じゃない。

 だから……。

「仕事する?それとも、人に戻る?」

 背から刃で刺される。

 貫いて、腹に刃の先が見える。

 口から、血があふれでた。

「勿論、仕事だ。」

御意ぎょいに。」

 引き抜かれたと同時に振り返り、顔をぶん殴った。

 よろけたが、直ぐに持ち直し蹴りを入れられる。

 それを腕で防いで爪でお返しにと腹を刺した。

 こんなに笑いながら向き合っているのに、こんなことをしている。

 鮮やかに、音が弾け散って、色は広がる。

 これで最後?

 いいや、この物語に最終話は早すぎる。

 虎太の首にはまだ簪が残っていた。

 いつの間に、効かなくなったんだろう?

 お互いの血をお互いが被って、毒を自ら受け入れる。

 感覚が切られたお互いの体が、何処まで持つかはわからない。

 手足が痺れても、もう頭が働かなくなっても。

 お願い、永遠に続いて

 声が途切れないように、刃が止まらないように。

 いっそ、壊れてもいい。

 ねぇ、もう一度

 名を呼んで

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