第66話 真の罠

 外へ出れば、まだ昼間。

 やっこさんは隠れているつもりなのか囲うように身だけを物陰へ。

 気配や匂いは、嫌という程目立っているのだから、また喉でクククと笑うのも許して欲しい。

 殺気に満ちた空気が肌を舐める。

 日傘が作った影が鮮やかに見えるのは、きっとおのれ以外いないだろう。

 影の外は動きにくくて息苦しくて、毎日何処かで誰かが己の命を簡単に捨てるようになって、面白味というのが無い。

 それだと言うのにただ二人は影の中を自由自在に歩いてその影の色鮮やかな景色をこれでもかと楽しみながら、笑う。

 昔は二人だったのに、今では一人。

 影の中に入ることをやめて、声を失った奴がいる。

「嫌だねぇ。何がそんなに欲しかったの?何が影を上回る?教えてよ。あんたにゃどんな景色が見えてるの?」

 誰よりも強い殺気が真っ直ぐ飛んでくる。

 ゾクゾクとたまらない感覚が背筋を通り抜けて行き、自然と口角が裂けるんじゃないかというほどに上がる。

 手を伸ばせば簡単に捕まえられた。

 手の甲から貫き通された刃が顔を出し、眼球まであと数ミリというところまで伸びてきた。

 ただ、これ以上は進めないで妖気に溶かされてドロドロになる。

 掌からは血が流れ出て、手首を腕をつたって着物を汚す。

 伸ばした手はソイツの眼球に触れそうで届かなかった。

 払われた手を胸元に置いて、もう片手は傘を手放した。

 かんざしを引き抜いて無口な伝説を見つめ返してやる。

折角せっかくこの着物選んだのに。懐かしいとか何とか思わないの?」

 最早もはや何の返事も様子も見せない。

 あぁ、殺す気でしかいないな。

 声を変えて、姿を少々また変えた。

「これでも見てはくれないの?」

 繰り返される攻撃をヒラリヒラリと避けながら、少しだけ落ちたスピードに効果を期待する。

 思い出してしまいそうになっているのを抑えているのか、思い出しておいてそれでもそうやって刺そうとしているのか、わからない。

 ビッと着物が切れて、脚が見えるようになる。

「もう、この着物高いんだからね!」

 切れたところを摘んで持ち上げる。

 この程度なら直せるかな?

 と、その途端着物を掴まれて押さえ付けられる。

「な、何?いきなり。今まで無反応だったクセに」

 まさかそんな行動に出るとは思わなくて、逆に焦りを感じてしまう。

 何のつもりでそんなことをするのか想像も出来ない。

「(み……。)」

「み?」

「(見える……から。)」

 焦ってるのはお互い様か……。

 理由は全然違うと思うけど。

 ほのかに顔が赤い気がした。

「何が?」

「(わざとじゃないのか?)」

「この姿をしたのはわざとだけど。虎太コタが気付かないからさ。」

 すると、着物から手を離してじっと見つめてくる。

 すっと伸ばされる手が頬を撫でた。

 その手に手を重ねて……その首に簪を突き刺した。

 顔をしかめて手を離そうとするのをぎゅっと握って離させない。

「忍だってこと、忘れちゃダメなんじゃない?」

 簪の毒が効かない筈がない。

 己に効く毒は必ず伝説にも多少でも効く。

 体温を妖気のせいで感じられないのは好都合だった。

 人の体温というのは、心臓に悪い

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