第58話 鬼子が

 本来、こちとらは忍隊のおさとして部下に指示を出し、重要な任務や部下では危うい任務ばかりをやったり、部下からの報告や報告書をまとめ、そしてあるじにそれを報告もしくは報告書を送るなどをする。

 勿論、他にも書類処理があったり、忍小屋で薬を作ることくらいするし、主が望めば護衛、鍛錬に参加等もする。

 主に一番近く、忍としてでは直にその声に従うわけで。

 主がこちとらではない部下に直に命令することなぞ稀だ。

 こちとらが長期任務等で不在の時は才造サイゾウが代わりにこちとらがやっていたことをしつつ、主からの命令もきく。

 そんな感じだったから、長か副長にならなければ直に何かしら受けることはありえない。

 今、才造だけが主の元へ魂なくとも帰っていて、こちとらは戦場へ捨て置かれ死んだと報告がいったままなら、才造が自動的に長へなり、主が副長を決めるだろう。

 ただ、こちとらが長になった時のように才造を押し退けて主が直々にこちとらを長にしたりなんてことのように主が誰かを長にしたなら、才造は変わらず副長として……。

 心配なのは、主は確かに忍使いの家に産まれ育って忍使いにはなったが、忍を上手く使えるかと言えばそうでもない。

 ゆえに長に相応しいといえる部下を選ぶことが出来るのかは使うのとは違っても忍を見る目がなければ同じこと。

 溜息が喉につっかえる。

 本当ならこの異世界での主を捨てなければならない。

 おのれが死んだわけじゃないとわかった時点で主と呼んじゃいけない。

 忠誠を誓ったあの日が嘘になる。

 石を見つけて、方法を探すしかない今、才造が生きて帰れるかも危ういというのに。

 そう考えながらどうやら無意識に己の体は勝手に、望んだ封筒を手にしていた。

 どうやってここまで来て見つけたのか記憶にないが、それほど考え込みつつ動いたのだろう。

 気を付けなければ……という程でもなく無意識でも戦える体なのだからまた便利だ。

 封筒を開けて解読術をまた使う。

『転生を繰り返す人間がいる。ソイツを我らは鬼子おにごと呼んでいる。鬼子というのは、生まれつき周りの人間とは異なる姿形や能力等を持っている者を総合して昔からそう言われている。我らは鬼子との接触に成功したが、鬼子の姿はただの人間とはやはり違った。片目が赤く、爪は鋭い、目付きが悪い所も鬼子というのにピッタリだろう。試しに鬼子を毒ガスで殺したが四ヶ月経っても白骨化もせず異臭もしない。死んだのではなく眠っているかのような状態だが心臓は止まったままだった。我らはその鬼子の体を調べようと思ったが、突然身が崩れ始めた。骨さえ残らず影へと残骸が消えていった。それから季節が二つ過ぎた頃、鬼子らしき者の目撃情報が入った。何処からともなく現れた鬼子を探したが見つからなかった。そこで我らはある石を作った。魂を抜き出せる力を持った石だ。これで鬼子の魂を抜いてしまえば転生を止められるのかもしれない。実験は順調だったが肝心の鬼子がまだ見つからない』

 それを読んだ時、脳裏に灰色の部屋が浮かぶ。

 息が苦しくなり、喉が焼けるように痛かった。

 そう、そこで殺されたんだ。

 アレは毒ガスだったのか。

 何故?

 何故こんなモノがこの異世界に存在するのか。

 どういうことだ。

 鬼子?石?

 片目の赤い、爪が鋭い、目付きの悪い…転生を繰り返す者。

 鏡に映った己を見ながら、一つ、一つと確認していく。

 間違いない。

 己の事だ。

 紙をくしゃりと強く握り締める。

 ここに来て、どれだけ時間が経った?

 戦場にはもう、己の死体は無いかもしれない。

 帰る体が無いかもしれない。

 季節が幾つ過ぎた?

 もう、転生をしていて可笑しくないかもしれない。

 魂だけがどうして、どうしたら、どうなったら…。

 あぁ、落ち着け。

 転生を初めてしたのは輪丸リンマルの頃死んでからじゃないとすれば、どれくらい生きた?

 この紙はまだ新しい。

 でも、書かれてることは古いはず。

 暗号化されてるのは誰かの何かしらの能力で移された際にそうなってしまったのなら?

 いつだ。

 いつ、己は…。

 虎太コタ兄さんはどうなってる?

 わからない。

 初めて死んだのがあの頃じゃない。

 初めて忍の人生を生きたのがあの頃ってことだ。

 それなら、いつ己は産まれたのか

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