第42話 人と忍

 今更そんなことに感情を持ってられない。

 凍らせ、凍らせ。

 そして忘れてしまえ。

 それがどうした。

 捨てられたのが初めてというわけではない。

 それがどうしたっていうんだ。

 見捨てられたからって。

 それで死んだってどうということはない。

 最初の人生で死んだときも、全てそうだったじゃないか。

 忍が幸せを乞うてはならぬと、先生も言ったんだ。

 忍に未来はない。

夜上ヤガミ!」

「しつこいね。あんたも、さ。」

「忍を捨てて人として生きるんだ。夜上、もう、あんな思いもしなくていい。俺たちは道具じゃない!」

「まだ言うの。そんな夢物語。」

「違う!夢なんかじゃない。自分の為に生きて、やりたいことをするんだ…一緒に!」

「あの時も言ったよね?」

「…わかってる。俺のしたことは間違ってた。夜上が言ったように。」

 なんで、こんなときにまた目の前で。

 会いたくないって、何度思えば消えてくれるの?

 嫌だと、何度叫べばこの悪夢は終わってくれるの?

「あんたがこちとらを忍にしたんだよ。」

「………?」

「先生が言ったこと、覚えてるでしょ?あんたを通して察したこちとらを褒めて欲しいね。」

「『おのれ以外を無に。ただ人として歩み直せるのはただ一人』…か?」

「ふふっ、一言一句間違いないとは、こちとらも優秀だわ。」

 輪丸リンマルが意味がわからないとばかりに首を傾げるのを笑って見やる。

「ま、あんたを捨て損なったのは失敗だってこと。先生が生み出したかったのは、あんたの望む『人』じゃない。」

「先生が言ってたことは間違いだってことはわかってる。」

「わかってないねぇ。間違い、じゃないんだよ。嘘、っていうんだよお馬鹿さん。わざと、あんたを選んでそうさせた。」

「なんで俺を選ぶんだ。夜上の方が…。」

「あんたはこちとら以外は殺せる。こちとらは、誰一人として殺せない。そういうこった。あんなに人になりたがるんなら、騙してしまえばあと一歩ってとこまで簡単に事が進むでしょ。こちとらを殺すってだけのあと一歩までね。」

 輪丸は黙りこんだ。

 目の色が変わったのがわかる。

 震える手が、怒りを混ぜた感情を示している。

 既に、輪丸は忍の世界から外れて、人として息をしているようなものなのに、こちとらという存在が隣に居ないってだけで、まだその気でいる。

 だから嫌いなんだ。

「あんたが死に損なってるって気付いてりゃ、あんたを殺してたろうに。あんたが倒れた後、こちとらは全部捨ててやった。あんたが捨てきれなかったモノ全部。その結果がこれだってわかる?ここまで言ってわからないほど馬鹿じゃないでしょ?」

「先生を殺したのは、夜上なのか?」

 黙って頷いてやる。

 それに対して怒りを持ったかどうかは知らない。

 どうでもいいんだ。

 お願いだから、あんたは…あんたはもう人として一人で生きて。

 もう、この手はその手を掴めやしないんだよ。

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