第40話 第二の親

 懐かしいニオイが鼻をくすぐる。

セツさん…雪さん…!」

 冷えた心が温かくなり、名を呼んで跳ねた。

 才造サイゾウあるじは首を傾げた。

「その……セツサンってのは?」

「いつかの人生の育て親ってとこ?」

「育て親?お前の?」

「雪さん何処?雪さん!」

 袖がふわりと跳ねるたびに舞う。

 空から白い花の結晶が舞い降りてくる。

 冷たい風が懐かしさを思い出させてくれる。

 会いたかった……会いたかったお方の一人に、また会えようとは。

「雪さん!何処?」

「夜影…一旦落ち着け。雪景色にはしゃぐガキじゃあるまいし。」

 やんややんやと跳ねてはしゃぐおのれはきっとその言葉通りのガキだろう。

 でもいっそ、それでもいい。

 あの白いふわふわの毛にまた撫でられ、包まれたい。

「ちと、落ち着きぃや。」

 その透き通る声が何処からか響いた。

 あぁ、その声も何十年ぶりか。

「長旅になったのう。」

「雪さんお久しゅう御座います!」

 突如結晶を舞わせて現れた白い九尾は、あの人生の時と変わらぬ美しい姿をしている。

「この世も季節があったか。」

「狐…?」

「主、お話した九尾さんですよ。」

「…お前が呼んでいたセツサンとやらか?」

「ご名答!まさに!」

 駆けよってその真っ白な毛に顔を埋める。

「はぁ……幸せ………。」

「久しゅう見るのう。その甘えっぷりもな。」

「雪さん会いたかったですよぉ。」

「死体を見つけた時にはなんと悲しゅう思いをしたか…。しかし、死体を凍らせ保管する必要までは無かったか?」

「その死体どうしたんですか。」

「うむ。食ったわ。」

「食べたんですか。」

「我もあやかし。我が子と言えど人は食う。中々の味だったがな。」

「嬉しゅう御座います!お褒め頂いて!」

 保管まで考えて下さったに加えて、あんな死体を食べてくれて、更には味を褒められるとは、なんて嬉しいことか!

 しかも、死んだことに悲しいなどと!!

 もう死んでもいい…。

 うん、転生し直してまた同じこと言われたい…。

「褒めたのか?」

「我が子とか言いながら普通に食ってんじゃねぇか。怖ぇよ、どっちも。」

「何を言ってるんですか!才造も主までも!失礼ですが、頭大丈夫ですか?」

「あぁ、失礼だな。逆にお前が心配だ。」

「あぁ、俺も夜影ヨカゲが心配だ。」

 雪さんは尻尾を優雅ゆうがに揺らし、周りに目を向けた。

 雪さんがどうやってこの異世界に足を踏み入れたのかわからない。

 妖術を駆使すれば異世界と繋がることが出来るのか、それとも雪さんも死んで転生したのか。

「にしても、ここの冬はどうも熱い。」

「あぁ、雪さんの雪山と比べたら確かに夏も同然ですね。」

「いや、お前ら何処に住んでたの?」

 主の話は一旦無視して雪さんの隣で一緒に辺りを見回す。

 花の結晶を首を振って落とす。

 この音の無い、色もない、真っ白な世界は、あの雪山ほどとはいかないが、中々に綺麗で、涙が出そうなほどに過去に戻りたくさせる。

 帰りたい。

 我が家に。

 もう、過ぎ去った幸せが重たく感じる。

 雪さんはそっと優しく頬ずりをしてくれた。

 忘れたい過去を凍らせて、優しく包んで隠して欲しい。

 時を止めた春も夏も来ない雪山でまた暮らしていたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る