第39話 夢が語る

 燃え上がるかつて家だったモノから逃げ出して、木の根元へ座り込む。

 しばらく経っても火は収まる気配を見せないでいた。

「どうしようもないね。あんたも?」

 視界に入ったというわけでもないが、なんとなくそこにいることは気配でわかるのでそう声をかけた。

「えっ。」

「気付いてないとでも?」

 この話し方だと、子供らしくないか、と自分でも思いながら合わせるべきかと少々考えたが、まぁ必要もないかとそちらへ顔を向ける。

「独りなのか?」

「まぁね。」

「俺も独りなんだ。」

「そうだろうね。」

 答えは察することが出来る。

 だからとて、どうということも出来ないが。

「一緒に居てくれないか?」

「名前も知らないのに?」

「名前はなんて言うんだ?」

「…ない。」

 無いもんはない。

 嘘なんて咄嗟とっさに出てこなかった。

「そ、そうか。俺は輪丸リンマルっていうんだ。」

「あぁ、そう。」

 名に興味はない

 輪丸は横に座り込む。

 少しの沈黙の後、溜め息が出た。

 コイツ、一人じゃ生きてけない奴なんだって雰囲気で察した。

「仕方ないなぁ。一緒に居てたげる。」

 それから、二人はいつも一緒だったが、家を焼かれた恨みと正義感の強い輪丸は、直ぐに復讐へ脳ミソを働かせ始めた。

 一方、冷めきっていた自分はそれが鬱陶うっとうしくて仕方が無かった。

「強くなりたい。」

 そればっかりを呟くクセに努力は目に見えない。

「あんたさぁ、復讐の為だけに強くなろうってんだったらやめときな。」

「なんで?」

「じゃ、聞くけど復讐を終えたらあんたはどうする?」

 その適当な問いにすら答えられない。

 別に、どんな答えがこようと構わないが、答えが返ってこないんだから、鬱陶しい。

 意志がちゃんとしていないから、中途半端で、出来損なった結果を産むか、途中で折れる。

 それくらいは知っている。

 それからまた暫く経った。

 今では先生が出来た。

 子忍として息をする。

 教えられたことを軽くやってのけれたが、自分でも未熟者だとはよくわかっている。

 だから調子に乗れないし、馬鹿は出来ない。

 仲間も出来て、まるで家族のように温かく楽しかった。

 ある日の、その温かさは突然消え失せた。

 戻ればあの日見た火が燃えている。

「嘘……嘘……嘘………。」

 ただそうとしか口からは流れ出なかった。

 死体が真っ赤になってゴロゴロと。

 どれもこれも、仲間ばかり。

 嘘だ、とばかり唱えた。

 夢なんだと、現実を否定した。

 初めて掴んだ幸せがそこにあったように思えたが、それは崩れ去った。

 信じたくない。

 忍でも、未来があるように見ていた先がこれだ。

 先生が何度も言った言葉通りの、これだ。

 まだ息がある仲間を見つけて抱き上げた。

「逃げて…アレは…輪丸じゃない…っ!」

 そう言った口から血が吐かれる。

 もう息は止まった。

 輪丸の刃がそうさせた。

 逃げる?

 は、何を言っているの?

 輪丸?

 理解が追い付いていなかった。

 息苦しさが前を向かせる。

「あんた……何してんの。」

「俺は人になるんだ。だから…。」

 その瞬間、咄嗟に死体を置いて走った。

 逃げた、が正しい。

 今は何としてでも生きて、どうにか変えるしかない。

 輪丸よりも速い筈の足に、輪丸が追い付いてくる。

 殺されるなら、道連れだ。

 あの時のお望み通りに一緒に居てあげる。

 崖に追い詰められる。

 馬鹿をした。

 思考が回らないせいで、逃げ込む先を誤ったんだ。

 ガラリと崩れた地面に態勢を崩して、落ちる。

 その手を輪丸が掴んだ。

 何を……何がしたいの?

 あんた…何を望むの?

 声にならない言葉が喉の奥で焼き付いた。

「後はソレだけだ。殺せ。」

 先生の低い声が聞こえた。

 あぁ、あぁ、そういうことか。

 理解した。

 一を聞いて十を知る、っていうやつなのかもしれない。

 それだけで充分だ。

「先生!夜上ヤガミだけは!夜上だけは見逃して欲しい!!夜上が居ないと意味がないんだ!」

 そう叫ぶ輪丸に嫌気がさした。

「その手を離しな。」

 自分でも驚くほど冷たい声がそう言った。

「夜上…。」

「人間になる?なら勝手に一人でそうすればいい。出来るモンならそうしな。離せ。」

「絶対離さない!夜上だけは!」

 溜め息が出た。

 こんなに殺意が湧いたのはいつぶりだろう。

「そういう言葉、大っ嫌いなんだよねぇ。」

 輪丸を睨み付けてそう言い放った。

 と、同時に崖に手を掛けて、ぐいっと自分の体を持ち上げて輪丸の鼻先へ自分の鼻先をくっつきそうなほど近付けた。

「あんた、そんな馬鹿だったなんて知らなかった。」

 上がった口角は呆れとともに嫌悪を示す。

 だが、次の一秒に輪丸は地面へ伏せることとなる。

 血が自分に飛び散った。

「先生ぇ…。」

「やっぱり駄目だったか。」

「輪丸に吹き込んだ事、実行したとしたらどうなりますか?」

「どうなるもない。お前も終わりだ。惜しいがな。」

「先生も冗談がお上手ですね。最後に教えて下さい。先生の血と脳ミソはどんな味がするんです?」

 雨が降り注ぐ。

 火は消えて、自分以外誰も息をしていない。

 何の感情も起きなかった。

 ただただ心には冷たい空気が流れ込む。

 夢を見るのも馬鹿らしく、現実を認める。

 甘えたのがいけなかった。

 捨ててしまえ。

 先生がいた忍の里を探し当てると、その忍の里で狂ったようにぶっ殺した。

 人も忍もどうでもよくなった。

 復讐をしたつもりでもなかった。

 ただ、ぶっ壊して、ぶっ殺して味を食らう感覚を知りたくなった。

 輪丸がそうしたように。

 馬鹿の真似はくだらないと知っていてそうしたが、案外血肉の味は美味だった。

 忍の里を見つけると、どうしても潰したくなり、幾つかを廃虚へと変えた。

 多くの忍に恨まれる存在になり、命を狙われることが多くなったが、それがどうしたというのか。

 一年が過ぎた。

 あるじが出来た。

 それからというもの、里潰しはしなくなったし、主が死すともその家で代々仕えるようになってしまった。

 転生しつつ。

 目が覚める。

 アイツだ。

 輪丸って名だったんだ。

 今更、今更…!

 才造サイゾウの背中が見える。

 いつの間にか寝てしまっていたのか。

 夢で過去を思い出したくもなかった。

 才造は知らないからいい。

 夜上って、誰がくれたんだっけ。

 それは夢には浮かばなかった 。

 夜上なんて名をくれたのは輪丸じゃなかったのはわかっている。

 あのお方が呼んでくれていたのはそうだが、その名はいったい何処から?

 全てまでは語ってくれない夢が憎たらしい。

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