第38話 あの頃へ戻ろうと

夜上ヤガミが居ないと、俺は…。」

「あっそ。金になんない仕事は嫌いなんだよね。例えばあんたを殺す仕事とか。」

 そう言いながら刀を首にピタリとあてる。

 雨が手元を狂わせたなら、コイツの首は落ちるかそれとも。

 鶏なら首を切ってもまだ走るってのに、コイツはそうじゃないらしい。

 本当、ご立派だよ。

 そういう出来損ないのほざく話だけは。

「独りなのか?」

 すっと抱き締められる。

 体が動かなくなった。

「あんた…何して…。」

「俺も独りなんだ。」

 そのセリフは聞いたことがある。

 聞きたくない。

 聞きたくないんだ。

 なのに、体が一ミリたりとも動かせない。

 体温を感じるのが嫌になる。

「離せ!」

「一緒に居てくれないか?」

 あの頃がよみがえりそうだ。

 思考が停止する。

 刀が手から滑り落ちる。

 引き込まれる。

「名前はなんて言うんだ?」

 全部、全部繰り返そうとしてる。

 それがわかる。

 懐かしい。

 そうだ、この人生は確か先生を殺した後、あるじが出来て、主を守ろうとして死んだんだった。

夜影ヨカゲ!!」

 その名を呼ばれた瞬間、それから解放される。

 コイツを振りほどいて刀を拾って後方へ下がった。

才造サイゾウ…。」

「誰だ。アイツ。」

「知らなくていい。殺すだけ。」

 息を吐いて、記憶を退かせた。

 頭が痛い。

 やっと回りだした脳ミソは、冷たさを取り戻す。

「夜上……。」

 悲しそうにそう呟くソイツを切ったのは、才造だった。

 血が水溜まりに落ちて色を変えていく。

 血溜まりと化した中に倒れ込む。

 気持ち悪い。

 吐き気がする。

 ソイツの名が思い出せなかったのが救いだった。

 思い出していたなら、そのまま持ってかれるとこだった。

 倒れ込んだソイツにまだ息があることに気付いていたが、才造の手を掴んだ。

「才造。手、貸して。」

 足の力が抜けて、そのまま座り込んだ。

 何処からなのか、恐怖が渦を巻く。

 呼吸が出来ない。

「夜影、戻るぞ。」

 トドメを刺さずに、才造はこちとらを抱き上げた。

 意識が揺れる。

 会いたくなかったよ。

 あんたに、会いたくなかった。

 震えが止まらない。

 才造の体温がやけに温かく感じる。

「才造、才造。」

「どうした?」

「才造、名前呼んで。」

「夜影。」

「呼んで。こちとらを呼んで。」

「夜影…。」

「ねぇ、呼んでよ。」

 望んでもない言葉がまた溢れ出した。

 才造の声が途切れた。

 ねぇ、呼んで。

 どっちがこちとらなのか、教えて。

 怖いから。

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