第37話 あの頃

 それにしても、この異世界への来方がどうも可笑しい。

 死んで転生したと言えるのか?

 あんな感覚は初めてで、何度も経験した死や産まれとはまた違う。

 まぁ…だから最初に天国かなどと抜かしたわけだが。

 雨が傘をつたって音を残し続ける。

「嫌になるよ。あんたにだけは会いたくなかった。」

 振り返ると反吐へどが出そうだった。

 前を向いても目眩めまいがしそうだからその首を見つめておく。

「いつから気付いてた?」

「最初から。」

「嘘つけ。」

「あんたがこちとらを見つけてから橋を二度渡ったけどねぇ?」

 泣きそうな顔を見ていると、あの頃がよみがえりそうになる。

 慈悲じひが今更持ち出されるとするなら、コイツの首を切るのが先だ。

「なぁ、夜上ヤガミだろ?」

「残念。人違いだ。こちとら、そんな呼ばれ名は持っちゃいない。」

「いや、その目は夜上しかいない!」

「なら何で聞いたの?肯定して欲しかった?随分ずいぶんと懐かしい名で呼んでくれちゃって。」

 会いたく……なかったんだ。

 コイツとは。

 死んだ先で会う相手としちゃ、頭が痛いどころの話じゃない。

「探してたんだ。ずっと。あれから、お前を。」

「そりゃお気の毒。探してやっと見つけた相手に殺されるんだからさ。」

「何故だ?忘れたのか?」

「忘れるわけないよね。あんたはこちとらの故郷をぶっ壊して、家族も同然の仲間をぶっ殺してくれたじゃないの。忘れてたまりますかっての。」

「あれは、先生が忍を辞めて人間になる為だと!」

「出来損ないがほざくんじゃないよ。こちとらを殺せなかったクセにさ。くだらない慈悲でこちとらを見逃して欲しいと先生に叫んでさぁ。大体、殺して人間になれると思うんじゃないよ。忍が人間になる?道具が望む話じゃないね。」

「間違ってるんだ!道具じゃない!可笑しいんだ!だから…。」

おのれの欲で殺せるんなら、あんたは忍でも人間でもないなり損ないといったとこかねぇ。出来損ないのやることは同じさ。」

 思ってもない心にもない言葉が次々と吐き出される。

 感情が何一つ浮かばない。

 怒り?悲しみ?苦しみ?

 どれも当てはまらず、冷めきっていた。

 あぁ、これだ。

 本来の、己の中身。

「お前…変わったんだな…。あの頃のお前は何処いったんだよ。」

「犬じゃあるまいし、あまり吠えるとその首今すぐ落とすよ。」

「夜上は、そんなんじゃなかっただろ?」

「さぁて、覚えてないねぇ。いつの話か。逃げるなら、今のうちだけど?消えな。死んだフリだけは一人前のお馬鹿さん。」

 傘の柄から隠し刀をすっと出して、構える。

 覚えちゃいない。

 あんたといた頃の己なんて。

 ただ、変わったのは己の方だ。

 全部捨てたのは己の方だ。

 先生が捨てれば人間になれると言ったのは、嘘だってことだ。

 捨てればより優秀な忍が出来上がると、コイツは己を見て今わかっただろう。

 コイツが捨て損なったモノは全て、こちとらが捨てきってやったさ。

 正義じゃ生きてけないんだ。

「なぁ、頼む。夜上。また、あの頃みたいに。」

「夢を見るな。現実を見な。そういうの大っ嫌いだ。殺すか殺されるかだ。」

 甘い脳ミソが何故あの頃あそこまで生きていけてたかわかってないでしょ。

 一人じゃ生きてけないんでしょ。

 だからそうやってすがりつく。

「あんたの言うあの頃ってのは、もう、存在しない。」

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