第33話 影には影を

「そうやって逃げるつもりね?」

「なら、如何なさいます?本物を逃がしますか?こちとらの首を落として満足し、次なる犠牲者でも待ってみます?」

 才造サイゾウの肩に手を置いて、そう返す夜影ヨカゲは今にも獲物の首に食いつこうかという目をギラつかせていた。

「夜影、待て。落ち着け。」

 今度は才造が夜影を止める番だった。

 なんなんだこの二人は。

 才造の怒りは夜影の怒りと入れ違いになって、その怒りの大きさといったら才造がやっと抑えられるくらいか。

「言ったよね?才造。許さないって。殺すよ。面影も残さないくらいに。」

 どうやらオルカに向けられたものではないらしい。

 それなのに、オルカを睨んで牙をむく。

「この程度の化けの皮、見破れない筈がないってのに。ねぇ?才造。今気付いたんだよ。こんな腹ただしいことってある?」

 才造は夜影のその言葉にオルカを見やった。

 そして頷いて武器を手に取った。

 オルカは意味がわからないといった顔で二人の変化を見つめた。

 俺は二人がオルカに化けた何かがそこにいるという意味で言っているようにしか思えない。

 だが、そんなことがあるのか?

 夜影は才造を飛び越えると、その鋭い手を振り上げた。

 オルカは手を頭に置いて悲鳴を上げる。

 咄嗟とっさで動けなかった俺はただその様子を眺めることしか出来ない。

 赤い液体が飛び散って、ぐしゃりと何か嫌な音がした。

 引き抜かれたモノに手を染めた夜影の目は獣の鋭さを輝かせていた。

 才造はメルを蹴り倒す。

 そしてその首に刀を突き刺した。

「才造。其奴、首を切ってもまだ動くよ。鶏みたいにね。逃がすんじゃないよ。」

 指差しながら笑んだ口がそう言えば、無表情なその顔は四肢を切断した。

「どういうこと?」

「騙されてたってことですよ。」

 尻もちをついたオルカにそう答えて手を差し出した。

 その夜影のもう片手に握られている影の手はまだ動いている。

「今から此れを引き抜きますが、少し問題があるのでお聞き願えますか?」

「な、何?」

「この影は確かにこちとらと同類のモノです。引き抜けばどうなるか、簡単にご説明させて頂くと、オルカさんの身に何かしらの異常が発生します。ぐに和らげますが、ご了承頂けますね?」

 早口で述べられる言葉には曖昧さが見えた。

 それに不安になってしまう。

「何それ。何かしらって何よ。」

「それがどの程度でどのようなものかは人様により違うものですから。死なせは致しませんよ。」

 死にはしないといっても痛いのかもしれないのだろうし、それどころじゃないのかもしれない。

「放置したらどうなるの?」

「死にますね。」

 即答だった。

「わかったわ。お願い。」

「では、失礼致します。」

 引き抜いた影は化け物のような形をして、奇声を上げた。

 夜影はオルカの足元と影の足をブツンッとその爪で切断した。

 その途端、オルカは倒れ込んで痙攣した。

 過呼吸を起こし、目は朦朧もうろうとしている。

 夜影はオルカを自分の影の上に乗せて影とオルカの足元を縫い始めた。

 ついっとその針と糸は引かれて、最後はぷつっと切られた。

 縫い終えた途端にオルカのその様子は収まった。

 引き抜いた影は夜影が足で踏み付けているのでそこで暴れているが。

「ど、どうなったんだ?」

「オルカさんは影を食われてたんですよ。ですから、影縫いを致しましたがこちとらの影を一時的に縫っただけなんで影がくっつく前に何か別のを用意しなければ大事おおごとになりますね。」

 淡々とそういうと、踏み付けていた影に噛み付いた。

「えぇ!?食うの!?」

「美味ですよ。」

「味あるんだ!?」

「あってたまりますか。そんなもん。」

「えぇ…。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る