第30話 目を

 モンスターが途絶えた。

 霧も段々消えてきている。

 しかし、霧の中に姿を消した夜影ヨカゲが戻って来ない。

 まだ残る霧の中へ走った。

 人影一つ見えた瞬間霧払いをする。

 すると夜影が片目から血を流しながら不安そうに何かを探している。

 それなのに、口角は上がったままだ。

 目に光は無く沈んでおり、意識が完全に持ってかれている。

 こっちを見るやいなやガッと胸ぐらを掴んで殺気を含めた声で叫んだ。

あるじは何処?」

「ここには居ない。」

「何処?何処に居るの?」

「落ち着け。探しても無駄だ。」

「何処に、」

 パンッ!!

 頬を叩いた。

 ゼェゼェと肩で息をする夜影は黙りこんだ。

 感情と記憶に混乱を起こしてる夜影にはこうするのが一番早い。

 しばらくの間、沈黙が霧の中に訪れる。

「何処…。」

 呟かれた言葉に、眉間にシワを寄せた。

「主は無事?街の状況は?」

 そういつも通りの声で顔を上げることなくそう問うてきた。

「あぁ。被害も大して出ていない。」

「そう……。」

 それきり、何も言わなくなった。

 どんな記憶にどんな感情が重なってしまったのかもわからない。

 ただ、どの忍よりも主への忠誠心が強く、主に感情を植え付けられたうえ、死んで転生しても記憶が消えなかったゆえにこんな混乱まで起きる。

 ワシは死んだのがアレで初めてだったが、夜影は二度三度経験し、その度に主が変わっている。

 どうにもならん。

 中身の問題は、外野であるワシなんぞが手を出せる話じゃない。

 いつの間にか止まった血が、跡を残している。

 霧は完全に消え去り、辺りはモンスターの死体がゴロゴロと転がっているのみだ。

 溜め息がこぼれる。

 夜影の背中を見ながらその尻尾を掴んだ。

 毛があんなにキレイだったのに、汚れてしまっている。

才造サイゾウ。」

「何だ。」

「今日は満月だよ。」

「そうか…。」

 夜影がこの言葉をワシに言った意味もわかっている。

 この言葉通り今夜、満月だとは限らない。

 そういう話をしているのではない。

 この言葉が流れた日は決まって夜に、夜影の姿が消える。

 何処へ行ったのかはわからないし、問うたところで答えない。

 帰ってくるのもいつなのかはハッキリしないが、いつの間にやら帰ってきている場合ばかりだから、その心配はしなくていい。

 不意に夜影が唄を歌い始めた。

 風に乗ったあの声ではなく、途切れてしまいそうなかすれた声で。

 自分を落ち着かせたいのかもしれない。

 何処かで聞いたことのある唄を繰り返し歌う。

 街についても、アジトに戻ってきても、止めなかった。

 主は首を傾げたが、誰も止める気は無かった。

 パタリとその声が止んだ頃にはもう、夜影は姿を消していた。

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