第29話 霧の中の記憶

 毒の霧はモンスターを苦しめながら数を減らしていく。

 人にも勿論有害ではあるが、それにはもう手は回してある。

 後は街にこの霧を抜けて侵入してくるモンスターをあるじたちが必死こいて倒せば終わりだ。

 才造サイゾウは自分の限界くらいわかっているだろうし、そろそろ危ういと感じたら引いてくれるだろう。

 いくら毒の耐性があるとて、何時間も毒の霧の中で呼吸をし続ければ麻痺くらいする。

 解毒薬だって持ってるだろうし、忍を心配する必要はない。

 この霧が街の中へ入ることも心配しなくていい。

 伝説の忍がそんな失敗をするとは思わないし、一応その時の為の手も回して置いている。

 モンスターを飲み込み溶かしたお陰で、酷く頭が痛い。

 喉も乾くしお腹は空くし、あんまり酷使すると体が持たない。

 と、いってもまた意味も違ってくるからさっさと処理しておこう。

 それにしても、伝説さんったらやけに嬉しそうというか楽しそうだった。

 風の調節が歌に沿ってたんで、多分良かったんだろう。

 けど、今回はあぁやっておねだりして折れてくれたけど、伝説さんが任務でこちとらを仕留める手だった場合には効かないだろう。

 仕事にはやっぱその名通りにってね。

 彼処あそこで死んでさえいなけりゃ、今頃伝説さんは何て呼ばれてたんだろうね?

 ねぇ、義理のお兄様?

 名をまだ覚えていますか?

 望んでもない笑みが、涙と矛盾する。

 息苦しさが記憶の底から込み上げて、八つ当たりのようにモンスターの心臓を抉って口に入れた。

 何とも言えない味が舌に乗って、噛めば噛むほど血が溢れた。

 霧は濃くなっていく。

 毒が呼吸を仕留めていくのを眺めながら主の姿を探した。

 ここには居ない筈の主を探していた目は、ズキズキと痛みを主張する。

 ポタポタと流れる液体は色を変えた。

 そんな気は無かったが、目はどうしても不安を持ってくる。

 足は霧がもっと濃い方へ、手は敵を仕留めて、口は望まずとも笑んで、耳は声を探し、完全に意思に体が従わなくなった。

 毒のせいか、それとも感情の狂いか、そんなことはどうでもいい。

 一番信頼出来ないのは自分だったってことだ。

 朦朧もうろうとしてくる意識を取り戻せずに、保つ手段も浮かばず。

 暗闇から切り落とした手が心臓を掴んでくる。

【主は何処?忍の主は何処?】

 そんな声が奥底で響いてくる。

【忍の主は何処にいる?】

 懐かしい声だ、と苦無を握り締めた。

【此処は何処?主は何処?】

 自分が死んだことに気付かないで探し続けた記憶が鮮明に頭の中で延々と繰り返される。

 主を庇って心臓を撃ち抜かれたことを再確認したのは自分の死体を見た時だった。

 確かその日に主が死んだんだった。


 霧の中でまだ隠れた忍が主を探している

 同じ霧とは言えないが此処で主が死んだことを無意識に足と目が覚えていた

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