第3話 息を吐いて吸うまで

 森を抜けて直ぐ、目に届く近さで街を発見した。

 もう既にわかっているのは、ここは己の知っている国ではない、ということだ。

「ねぇ、異国に言葉なんて通じるの?」

「知らん。」

「母国語以外の言語は新たに習得する他ないんだけどー。」

「お前の適応力の高さなら、三日あれば充分だろ。」

「偽名…何にする?」

 そうそう本名を安易に使ってられない。

 余計な嘘はすぐぼろが出る。

 いつもなら大した設定を無駄に付けずに、名前も家族も無い顔をするが。

 ここで生きていくには名前くらいは持っていた方がいいかもしれない。

「そもそもがあれだがな。」

「こちとらに至れば、ってね。」

「で、どうするんだ?」

 沈黙がお互いにお互いを攻撃する。

 お前何か良さげな案か何か出せよ、という無言の訴えを押し付け合う。

「よし、名なんてなかったんや。それで行こう!!」

「投げるな馬鹿。取り敢えず、このままを名乗ればいいだろ。面倒だ。」

おさに馬鹿言うな。馬鹿だけど!」

「一旦お前の口を塞ぎたい。」

「それはやめて欲しいなぁ。息止まっちゃうから。」

 いつも通りの会話を混ぜ込みながら、才造サイゾウは猫又の尻尾をいじりつつ、己はその尻尾を隠す方法を考えながら街に入った。

 騒がしい街の中は人だらけ。

 見たこともない衣類をまとって様々な商品を売り買いしている。

 癖でつい二人は人気のない路地裏へ滑り込み、屋根へ上がると下を見下ろした。

 こんな人の多いところを人間のように歩きたくないだけでもあるが。

 観察するに、言語の心配は多少しなければならないみたいだ。

 この国独特の物、名前、言葉があるからだ。

 そして服装についても、このままだと怪しまれるか珍しがられるか。

 お金も違うときた。

 そして様々な種族が共存していることもなんとなくわかる。

「お前、以前に異国へ任務に出たと言ったな?その時どうした?」

「服装は真似たけど、勉強はしたわ。じゃなきゃ息できないっての。」

 溜息が出る。

 あるじの元へ帰ることはまだ出来そうもない。

 現在地が元居た場所とどのくらいの距離があり、どの方向なのかもわからない以上、下手に飛んで帰れない。

「おーい!!お前ら!!そこで何してんだ?」

「才造何か言った?」

「明らかに違うとわかってて聞くな。」

「降りてこいよー!」

 下で見知らぬ男が両手を激しく振って叫んでいる。

 気付かないふりを続けてみるか、と目で会話をする。

 と、いきなり鞭が飛んできた。

 それを反射的にかわした。

 才造が舌打ちしながら2時の方向に目を流す。

 数的有利は向こうだが、さて実力はどちらが上か。

 初っ端から面倒な事になった。

 戦うか逃げるかの選択肢はあるが、もし彼らが忍を目で追えたとしたら、そしてそれになんらかの対処が可能だったなら、笑い事じゃない。

 この異国の地では忍の身体能力が基本だってだけの話だとして、そうなら早々と死ぬ覚悟を持たなければならない。

 まぁ、忍の里を出るまでにはいつでも死ねる覚悟は持たされるものだし、そんなもの今更なのだが。

「背中。」

 才造にそう呟いて背中合わせの体勢をとった。

「試しに飛んでみる?」

「捉えられたら、とでも思ったのか?」

「最低限の速さで見失われるんならいいけど。」

「なら、三秒だ。」

 呼吸が数を数える。

 指を組んで息を吐いた。

 空気を吸った時には呼吸音は聞こえない


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