8:静かなる闇……

 街の雑踏に溶け込み、2人仲良く談笑しているカップル。

 別にどこにでもある光景なのだが、その一方が彼女を持ちながらナンパに傾倒するような遊び人だと知っていると、落ち着いた対応などできるはずもなく──

 

「お、お、遅れてごめんなさい! かくも肝要な日にこやつ、寝坊などしおって……」

「そう、俺のせいなのです! まことにかたじけない……」

 

 正気を失った初実がどこで覚えたのかわからないような口調になっていたのに、俺までつられてしまった。

 

「それは別にいいのだが。それより君たち仲いいな、想像以上だよ……」


 まずい、早和さん若干引いてる……カップルとしての演技をする余裕がないせいで、かえって本物みたいに見えるのか……。

 よしここは早和さんの抜群スタイルの鑑賞でもして、とりあえず一息つこう。

 ──と、まず上半身から眺めてみたが、ちょっとまずいことになりすぐに下に目線を移す。薄手の花柄のスカートがひらひらと楽しげに揺れている。

 いいぞ、落ち着いた。だからもう上を見てはいけない。見るな、見るな! 

 ……だめだ、ギブアップ。キレイめな感じのする目の細かいベージュのニット……それはいいのだが、中心がU字に大きく開き、そこから豊艷な双球が覗いていて──

 いかん。こういう時は隣にいる彼女の、お世辞にも恵まれているとは言えない方を見ればいい。

 ふうっ、落ち着いた!


「どうして私と早和さんを見比べてるの?」


 俺にしか聞こえないように唸っている。なぜバレたしっ……!? 

 嫉妬か、嫉妬なんだな? 早和さんのサイズに対する。なにそれ可愛い!

 ……ってそれどころじゃないんだ。そもそも今の状況は修羅場なのだ。胸がどうとかの話じゃない。

 

「オレたちもこんな初々しい頃あったよなー、懐かしいぜ。今日1日よろしくな!」

 

 え? あれ?

 秦野さん、普通に挨拶してるんだけど……初実のこと覚えてないのか?


「は、はい、よろしくお願いします!」

 

 その様子を見て初実もやや焦ってはいるものの普通に答えた。まぁ面倒事を回避するなら、下手に攻めたりするよりもこの方がいいからな。でもいつまでそれがもつか心配だ、メンタル使うぞこれは……。

 それにしても秦野さんの服装もまさかのジャージだった。が、俺と同じはずなのに出しているオーラがまるで違う。これがイケメンと非リアの差か、世界は残酷だな……。

 

 □ □ □

 

 歩くこと数分、予定のショッピングモールに到着。

 この辺りでは最大規模なだけあって、やはり人混みがものすごい。

 先導して中に入った早和さんカップルが中睦まじげに手を繋いでいるのを遠目に見ていると、不意に隣にいる彼女が手を差し出して耳打ちしてきた。

 

「……はぐれたらいけないから」

「あのときは時間がなかったからな。でも今はライソで連絡も取れるんだし気にしなくていいdうぇっ!」

  

 その手で脇腹を突っついてきた。地味に痛い。

 

「勘違いしないで、あくまで恋人演技の一環よ! 何しに来たかわかってるの?」

  

 ……そう言われると弱い。

 仕方なく握り返すと、ビクッと体を波打たせて反応された。自分から言ったくせにそんなに嫌かよ……。

 一度駅でやったからって慣れるわけもなく──意識が一点に集中してしまう。白くて柔らかいものに包み込まれる。その結節点を通じて、禁じらた鋭い快感が全身を駆け巡っていく──エロい思考やめろや。

 

 早和さんたちはもう3回もデートしているだけあって、余裕そうに歩いている。会話内容もこなれた感じで、カップル入り乱れる店内にうまいこと溶け込んでいる。

 とても上手くいってないようには見えないんだがな……俺の見る目がないだけなのか?

   

「早和、何見に行きたい?」

「そうだな……ここに来るのは久しぶりだから、どんな店があったか忘れてしまったよ。2人に聞いてみようか」

 

 何いっ、俺ここ来るの初めてなんだが……ぼっちにはこんなリア充御用達のおしゃれ空間、まず用がないんだよ……。

 振り返った先輩方にニコニコと悪気のない威圧をかけられながら俺らは相談する。

 相談すると思ったのだが──

 

「それじゃあ、男子高校生向きの洋服でも見に行きません? この人最近ファッションに興味が出てきたみたいで」

 

 2人に負けない笑顔をたたえながら、さりげなく俺のジャージの袖をはち切れそうな力で引っ張ってくる。待って、俺はファッションなんて──あぁ、ちゃんと身なりを整えろということか……。

 

「それがいい! こんな服装しているが、亮一はファッションに少し詳しくてな。何かあったら頼るといいぞ!」

「おう、オレなんかでよければな!」

 

 な、なんだと、優しい先輩じゃんか……。初実、うっかり惚れたりしないだろうな……?

 先行き不安で彼女の顔を窺う──

 

 が、しかし。むしろ訝しむように彼に向けて目を細めていた。

 なるほど……おそらく初実はこれまでも散々ナンパ野郎に捕まっていて、男への警戒心が人一倍強いのだろう。これはイケメン先輩よりも頼もしいかもしれないな……!

 ──ところで俺はどっちの味方をすればいいのかね? え、まずくない?

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