3:つよい。美少女つよい。

 結局急な用事を思い出したと言って、お見合いを切り上げてもらった。

 未咲さんは「そうですか……それは仕方ありませんね」と残念そうな感じで言っていた。

 まぁどっちにしろ初実の興味が俺になければ最初からこうなるのは決まっていたので、あまり気を揉むようなことでもないのにな、優しい先輩だなぁ……。

 

 ところで今俺は歩いて帰宅しているところなのだが、さっきから俺のすぐ後ろに誰かが付いてきている。

 ──話しかけてもこずに、ただ淡々と。

 簡単に背中に触れられる距離なので、ストーカーの類にも思えない。

 

 突っ込むか突っ込まざるか迷う。

 だがもうそろそろ家に着いてしまう。中まで入ってこられても困るので、意を決して話しかけることにした。

 

「なんなんだよ初実……」

 

 さっきお見合いで散々俺をシカトした初実香音だった。

 振り向くとイライラしたように腕を組み、つま先で地面を小刻みに叩きながら立っている。

 

「それを言いたいのは私の方なんだけど、片谷くん。勝手にこんなところまで歩いてきて……まだお見合いは終わってないはずよ」

「何を言って──」

「未咲さんだって『これで終わりにします』とは言ってないから」

 

 なんだその理屈……そうだとしても付いてくるのはおかしいだろうが……。

 

 口は悪いが、こうして1対1で話しているとやはり美少女なだけあって怖気付いてしまうのが悔しい。

 未咲さんより少し背は低いが、用心しないといけないようなどこかトゲのある雰囲気を出している。

 

「片谷くんはどう思う? このお見合いは成功に終わったのか、それとも失敗なのか」

「そりゃー失敗だろ。初実、完全に俺のこと無視してたじゃん」

「そうなの? 君がもっと攻めていれば、落ちてたかもしれないのに」

  

 そんな簡単に落ちるような性格じゃないだろ……難攻不落城だろこの感じは。

 

「恋愛モデル校に入って、こんな時期になってもまだ未経験なんてまぁこんな冴えない男なんだろうなと予想してたけど、見事大正解。というわけでこのお見合い、私の勝ちってことで」

「いつから勝負になったんだ……」

 

 言いたいことを言い切ったのか、唇を小さく尖らせてふぅっと息を吐く初実。

 女の子らしいか細い声がかすかに漏れ聞こえ、一瞬鼓動が高鳴ってしまった。

 

「ところで──」

 

 なんだまだあるのかよ……今度はなんの話──

 

「片谷くん、私と付き合って」

「え? なんだって?」

 

 ラノベによくいる難聴系主人公みたいなセリフ、リアルで言うことになるとは思わなかった。

 今、絶対この状況じゃありえないことを言ったな……? 

 頭の中で反芻させてみる──

  

 私と……私と付き……

 

 ──付き合って!?

 

「はあああああっ!?」

「何この2段階反応……」

「いやいやだって、なんなんだよいきなり! 意味がわからん!」 

 

 ……ん? 初実なんかさっきより数歩引いたところに立ってないか?

 

「私の仕事を手伝ってって意味で言ったんだけど……」

 

 どうやら俺は相当恥ずかしい勘違いをしてしまったらしい……この辺りに男子高校生1人が入れる大きさの穴ありませんか?

 

「なんだよ仕事って……」

「私が入っている『恋愛協力部』の活動よ。他生徒の恋愛が上手くいくように助けたり、出会いの機会そのものを作ったり、まぁそういう部活よ。この春に先輩が卒業しちゃって、部員が今私1人しかいなくて」

 

 何か長々とした説明をする。

 あまり俺に向いていそうな部活じゃない気がして、少し話を逸らしたくなった。

  

「なるほど……もしかして、今回のお見合いもその部員を集める口実だったってわけか? 俺みたいに暇そうなやつを探してたんだな?」


 未咲さんは初実と知り合いだったみたいだし、彼女に協力してああいった場を設けたと考えることができる。それなら別にお見合いの成功も失敗も関係なかったわけか……無駄に精神力を使ってしまったな……。

 

「それはどうでしょうね。会長は割と本気だったと思うけど」

 

 うーん……よくわからんが、あんな回りくどいやり方以外に何かあったと思うけどなぁ……。

 

「それで片谷くん、結局手伝ってくれるの?」

 

 早く答えろとばかりに、初見は少し早口になっている。顔は完璧なのに高圧的なのが残念で仕方がない。

 

「……断る」

「えっ!? どうして……!?」

 

 今まで冷徹な態度だったのに、今度は驚きを隠せずに目を大きく開いている。こんなにわかりやすく変わるとは意外でちょっと可愛いと思ってしまった。悔しい……!

 

「部活の内容だよ。自分の恋愛も手がつかないのに、なんで他のやつの助けなんてしてやらなきゃいけないんだよ。リア充爆発しろ! 蒸発しろ! 風化しろ!」 

「……その論理は効かないわ。だって私も今、全然恋愛できていないから」

 

 そんなわけあるか……! 

 南十星高校ではまあまあのレベルの女子が2、3股してるくらいが普通。初実なら両手で数えられるくらいの彼氏を持ってたって驚かない。

 

「一応聞くけど、初実には今好きな相手はいないんだな?」

 

 冷静に考えれば割とアレな質問だ……さっき未咲さんにされたときショックだったもんな。


「もちろん。彼氏ならいつでも募集してるから。片谷くん、別に狙ってもいいのよ?」


 それなのに初実は実にあっさり真顔で答えた。これじゃあ仮に嘘だとしてもわかりようがない。

 

 彼女に言葉で勝つことは難しいかもしれないな……。

 

「わかったよ。手伝ってやるよ」

「え? てことは片谷くん、本当に私のこと狙ってるの?」

「それは違うっ!!」

 

 勝手に変なフラグを立てられてしまった……。

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