遠い思い出

勝利だギューちゃん

第1話

絵を描いている。

もちろん、画家ではない。

ただの趣味だ・・・

仕事は別にある。


描きためた絵は、休みの日に公園で叩き売りをしている。

もちろん、俺の絵を買う人は、いるとは思っていない。

本当の目的は、人間観察だ。

ただ、いるだけでは怪しまられるからな・・・


あまり、大きくない公園だが、人間と言うのは実に面白い。

家族を迎えにくる者、恋人の出会いと別れ、日が暮れる前で子供たち・・・

たくさんの人間ドラマが、展開される。

(下手なドラマやアニメよりも、面白い)

そう思い、叩き売りの場所に座りながら、それを眺める。

文字通り。「事実は小説よりも奇なり」なのだ。


しかし、世の中には物好きな人もいるもので、ある時。ひとりの女性が声をかけてきた。

歳の頃なら、20代前半と言ったところか・・・

「あなた、面白い絵を描くわね」

「そりゃどうも・・・」

俺はあっけらかんと、オウム返しに答える。

「でも、売れた事ないでしょ」

「別に、売るのが目的ではない」

(やっかいな、女だ)

そう思いつつ、口には出さないでした。


そんなやりとりが、数週間続いた後、

「私が、初めての客になってあげようか?」

少し驚いたが、どうせ冷やかしと思った。

まあ、それでもいいだろう・・・

「じゃあ、好きな絵を選んで、そこの缶に入れておいてくれ」

俺は、絵を全部500円の値をつけていた。

まあ、そんな価値は、あると思っていないが・・・


「じゃあ、これもらっていくね」

そういうと彼女は、500円を缶に入れて、一枚を持っていた。

お礼を言う間もなく、彼女は立ち去って行った・・・

まがりなりにも、生まれて初めて売れた絵。

その絵には、じぁれあう2匹の子犬の絵を描いていた・・・


それっきり、彼女は現れる事はなかった。


それから程なくして、俺は筆を折った。

仕事が忙しくなり、絵を描いている時間がなくなった。

最初から、絵で生活しようとは思っていなかったので、ためらいはなかった。


それから数年後、俺もすっかりおじさんになった。

若い頃は、おじさんになるを嫌がっていたが、いざなってみると、

それなりに満足している自分がそこにいる。

結婚もし、それなり幸せな家庭を築いている。


そんなある日、娘が犬の調教師の仕事についた。

娘が勤める犬のトレーニングセンターでは、毎日たくさんの犬が預けられる。

大変そうだが、犬好きの娘はとても充実しているようだ。

父としては、嬉しいものだ。


そんなある日、娘の勤めるトレーニングセンターから電話があった。

娘が怪我をしたというのだ。

俺は無事を祈りながら、そのトレーニングセンターに駆け付けた。


辿り着いて話を訊いたら。犬のせいではなく、階段を転げ落ちたと訊き、

内心、心配はしたが安心もした。


応接間に通らさて、そこに飾られている絵を見て、俺は愕然とした。

そこには、じゃれあう2匹の子犬の絵が描かれていた。

(間違いない。これは俺の描いた絵だ)


「驚きましたか?」

振り返ると、ひとりの女性が立っていた。

「お久しぶりですね」

俺はしばらく、その女性を見つめた。


そして・・・


「ああ、あの時の・・・」

俺は、バラバラになっていたピースがつながっていき、

ひとつのパズルになるのを感じた。

確かに、面影がある。


それから、しばらく彼女と話をした。

「絵はもう、描かれていなんですね」

「ええ、すぐに筆を折りました」

「・・・そうですか・・・残念です・・・」


「私は、あなたに期待してました。いつか大物になると・・・」

「えっ」

「でも、筆を折られていたなんて、残念です。」

「・・・ええ・・・」

「あなたも、夢を捨てられてたんですね・・・」


若い頃は、未来は希望に満ちていた。

でも、大きくなるにつれて、現実を突きつけられる。

それは、否定出来ない。


「夢か・・・捨ててないですよ・・・ていうか、実現しました・・・」

「えっ?」

彼女はとても、驚いた表情を浮かべた。


「私の仕事を、娘から訊いていませんか?」

「たしか、牧場の経営とか・・・」

「そうです。私の夢は、牧場の経営者だったんです」


彼女はとても、驚いていた。

そして、昔話や互いのその後について、時間を忘れて話をした。

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遠い思い出 勝利だギューちゃん @tetsumusuhaarisu

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