勝ってこい 03

 予選をサークル一位で勝ち上がった「ミラーズアンド金槌ハンマー」の二人は、ベスト16、ベスト8を勝ち上がり、準決勝へと駒を進めた。

「かーッ、ライジンさんはともかくお前に負けるとめっちゃくやしいな!」

 ベスト16で当たったのは「タニシゲ」の二人。クリス達とは別のサークルで同率八位だった「タニシゲ」は、その場で八位決定戦を行ってクリスとライジンに当たった。一戦多く戦って疲労の抜け切らない状態での勝負は、初出場のクリス、曲をほとんど知らないライジン、というハンデをくつがえすだけの利をもたらした。

 本戦の先攻後攻は、バトルをするダンサー同士の裁量によって決まる。あまりにどちらも出ない場合は、司会がルーレットを回して倒れた方に踊るよう促す。

 「タニシゲ」の二人は、先攻を取りたがる。タニーが出たがりで、バトル開始の声より先に、サークルの中央に板付き待機するのが主義だった。

 先攻を取られたクリスはライジンと相談して、どちらが先に踊るかを打ち合わせた。ライトノベル原作の異世界ハーレム物、そのオープニング曲なのだが、クリスはその曲を知らなかったのだ。

「じゃあ、俺が先に出よう」

 クリスが知らないのなら、どちらが出ても大差ない。次の曲をクリスが知っていることを期待して、ライジンはそう言った。

 その決定が奏功そうこうした。次の曲は秋アニメの萌え四コママンガが原作の五分アニメで使われた曲。はちゃめちゃでファニーな曲調は、タニーのスタイルにもクリスのスタイルにもよく映えた。

 ジャッジの判定は三対一。タニーとシゲは、負けを受け入れるとクリスとライジンを抱擁ほうようし、それからジャッジに握手を求めに行った。

 戦いの中で、クリスは自分が成長していくのを感じた。

 ベスト16の試合が終わり、続けてベスト8の試合が始まっている中で、クリスはライジンと共にホールの外で体をほぐしながら言った。

「いや、スーパーヤサイ人じゃあ無いですけど、試合の緊張感は経験値が段違いだって感じますね」

「本当は、小さな大会に何度も出場してからの方が良かったんだが、受験があったからな」

 さすがのライジンも、そこは遠慮が勝ったらしい。

 ベスト8で当たったのはガールズコンビの「ロッキュー」の二人。ロッコちゃんと九尾のコンビは、コンテンポラリーバレエ・モダンダンスよりのポッパーで、しなやかでキュートなスタイルが売りだ。

 まえ二戦で得意なセットムーブをほとんど使い切ってしまったクリスだったが、ロッコちゃんの型にはまらないダンスに触発されて、キングタットにアニメーションをミックスしていく。

 盛り上がりはよかったものの、ダンスのキレはあまり良くなかった。勝負はライジンのロックダンスが他を圧倒してミラハンの勝利。

「ニトクリスに、そのダンススタイルはまだ早い」

 試合を終えて、ライジンが釘を刺した。

 不完全なスタイルに不完全なスタイルを掛け合わせても、中途半端が広がるだけだ。ライジン自身は、一つのジャンルを深くマスターすることで、自らの価値を高めてきた自負がある。

「次はないと思えよ」

 それだけ言って、ライジンはベスト8終了後に何を告げるともなく、どこかへと消えてしまった。


 ◇


 ベスト8の試合が全て終わると、すっかり夜も更けていた。クラブ・マリキータが属する商業施設に煌々こうこうあかりがともる。色とりどりの電灯が、半月後のバレンタインの到来を告げていた。

 マリキータ内は、空調が効きすぎて暑いくらいだったが、外に出るとさすがに寒さが身を縮こませた。上着を持ってくるのを忘れたクリスは、小走りで近くのコンビニに駆け寄り、エナジードリンクとスポーツドリンクを買った。

 コンビニを出ると、ヨーヘイと出会った。

 ヨーヘイとアッコのコンビ「吸血きゅうけつひかりまつり」は、ベスト8で敗退していた。

 ちょうど、次の準決勝でミラハンが戦う相手「ラジカルえれめんたりスクール」、略称ラジえめに負けたのだった。

「よお、準決勝進出おめでとう」

「ヨーヘイさん」

 白い息をたなびかせて、二人はクラブ・マリキータへと戻る。

「ライジンさんに、怒られただろ?」

「何で分かったんですか?」

「あの人は、中途半端が一番嫌いだからなあ」

 身体を細めるようにして寒さに耐えるクリスの姿は、ナナフシと呼ばれた夏のころと基本的には変わっていないようにヨーヘイには見えた。しかし、その血肉には、受験勉強とダンスの練習という二足の草鞋わらじをこなしてきたガッツが詰まっている。

 短く切ったソフトモヒカンの頭をポンポンと叩きながら、ヨーヘイが言った。

「俺も昔、ライジンさんにダンスを教わっていたことがあってな。ロックダンスの技術は、ほとんどがライジンさんに叩きこまれたものだ」

 確かに、ヨーヘイのダンススキルはライジンのそれにそっくりだった。しかし、ライジンの一挙手一投足にせいどうのハッキリした緩急があるのに対し、ヨーヘイのダンスは、テンポの速いダンスを踊るためにカスタムされているように、クリスには感じられた。

「まあ、俺はあんまりダンスは上手くなかったから、すぐにライジンさんに見限られたんだけどな」

「ええっ!?」

 驚いたクリスがヨーヘイの方を向く。ヨーヘイは、前を向きながら続けた。

「当時はまだ、アニソンダンスがさげすまれていた時代でさ。ストリートでダンスをするには、俺はスキルが足りなかった」

 通りは、あきばるは~らを訪れた観客と出場者でごった返している。時々、ダウンジャケットを着たカップルなどが、怪訝けげんそうな目を向けて、窮屈きゅうくつそうに道の端を通り過ぎていった。

「アニソンでダンスを踊る方が俺は好きでさ。でも、ライジンさんはストリート一本でいけ、って言うんだ。極めるっていうのはそういうことだ、ってな。実際、ライジンさんはそうやってロックダンスを極めて、一時期は世界の頂点にまで登りつめた。だからこそ、あの人にはあの人なりの自負じふがある」

 凍えるような風の通る道からマリキータへと再入場すると、クリスは震えあがっていた体が解凍されていくような気分だった。

 よく体をほぐしておけよ、とヨーヘイが付け加える。

「ライジンさんの言うことは正しい。そうやってライジンさんは頂点を目指したんだから。だけど、ニトクリスは二戸クリスだ。もし、何か挑戦したいことがあって、それをやりたいと思ったのなら、何一つ気兼ねすることはない」

「……それで、ライジンさんに見捨てられることになっても、ですか?」

 ベスト8の試合が終わったときの、ライジンの「次はない」という言葉。あれは、余計なことはするな、という意味のはずだ。キングタットが己のダンススタイルならば、それを貫けということだ。

「ハハハ、ライジンさんは見捨てないさ。昔みたいに、ギラギラツンツンしていたころのライジンさんじゃあないしな。それに、そんなことで見捨てるっていうんなら、どうして俺はまだライジンさんと繋がっているんだ?」

「それは……」

「ニトクリス、お前のスタイルは何だ?信条はどこにある?あきばるは~らの頂点に立つのに必要なのは、ダンスの巧拙こうせつじゃない。スタイルが、信条が、ジャッジの心を鷲掴わしづかみにした奴なんだよ」

 ヨーヘイが、拳を作ってクリスの胸の部分にそっと押し当てた。

 衣服に残っていた外の冷たさが、拳を押し当てられた胸の部分だけ熱を帯びる。その熱が、ゆっくりとクリスの全身に巡っていくような気がする。

「お前のスタイルは何だ?お前は何を信じたいんだ?」

 スタイル、と問われても、クリスの中にはまだそれと断言できるものは無かった。

 自分の中に確固たる目的地があって、そこに向かって一筋に向かうことをスタイルというのなら、クリスの中にはその明確な目的地が無かったのだ。

 例え道に迷おうと、どんな障害があろうと、ただひたむきに目指す目的地。その足跡こそがスタイルだ。

 そして、スタイルを貫くために必要なのが、それを支える信条だ。

「あ……」

 クリスは、ふと思い出してジャージのポケットからスマホを取り出した。

 ベスト16のバトルの前に、太陽と涼人の二人から送られてきたメッセージ。

 『頑張れ』『勝ってこい』という短い文言だけが、スマホの画面に映っていた。

 太陽たいよう涼人りょうとも受験勉強に忙しい。忘れずにメッセージを送ってくれたのは、きっと夏休みにクリスを焚きつけたのを覚えていたからだ。

 あの時、二人は何と言ったのか。

 クリスはその言葉を思い出して、言った。

「……ヒーローです」

「ヒーロー?」

 ヨーヘイが聞き返す。

「そうです。僕は、僕を助けてくれた人のために、ヒーローになりたい。それが、僕が今こうして勝ち上がる理由です」

「なるほどな、まーた青春してんのか」

 自分の頭をガリガリと掻いて、ヨーヘイが唸った。

「ヒーロー……ヒーローねえ……。ぷっ、アハハハハ!」

「なっ!?あんまり笑わないでくださいよ!自分でも言って恥ずかしくなるじゃないですか!」

「あー、ゴメンゴメン。別に、バカにしてるわけじゃあないんだ」

 目の端に溜まった笑い涙を拭って、ヨーヘイはクリスに体を向けた。

「男に生まれたからには、誰だってヒーローになることを一度は夢見るもんだよな。その気持ちを持ち続けるヤツだけが、本当のヒーロー主人公になれるんだろうよ」

「特撮か何かのセリフですか?」

「いいや、俺自身の言葉だ」

 スマホを見れば、そろそろ準決勝が始まる時間だった。ミラハンは準決勝の第二試合なので、すぐに出番が来るわけではない。しかし、外に出てすっかり冷えてしまった体はきちんとほぐさなければならない。

「何だ、外に行っていたのか」

 ライジンが、アッコ達を引き連れてやってきた。ヨーヘイとアッコが、誰にも気づかれない程かすかにアイコンタクトをした。

「準決勝、見に行くぞ」

「あの……ライジンさん」

「なんだ?」

「……僕は、ヒーローになりたいです」

 その場にいた全員が、目を丸くした。

「お前は一体何を言っているんだ?」

 ライジンのツッコミに、他の六人が思わず吹き出しそうになった。口を押さえて、真面目に向かい合うライジンとクリスの二人から目を背ける。

「そこの七三分けロッカーが何を言ったかは知らないが、ヒーローになりたいんなら、優勝してみせることだ」

 行くぞ、と短く付け加えてライジンがホールへと向かう。

「お前いきなり何を言ってんだよー!面白すぎんだろォ!?」

 クリスの頭をガシガシとタニーが撫でた。

「ヨーヘイ、ニトクリスとそんな話をしていたの?」

 スルリとヨーヘイの隣に落ち着いて、アッコが尋ねる。

「まあ、そうだと言えばそう……かな」

「ヒーローかあ、俺もヒーローなりてえなー」

 クリスを撫でくりまわすタニーの手を掴んで引きはがしながら、シゲがしみじみと言った。

「ほら、ニトクリス。ライジンさんが行っちまうぞ。追いかけろ追いかけろ」

「あの……」

 クリスはわずかに逡巡しゅんじゅんし、それから意を決して顔を上げると、六人に向かって言った。

「ありがとうございます。……行ってきます!」

 軽く礼をして、ライジンを追いかけるようにホールへと小走りで駆けていく。そのクリスの後ろ姿を見ながら、ヨーヘイが口角を上げてつぶやいた。

「ホント、とっくにヒーロー主人公してるよな、アイツは」

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