戦ってこい 03

 その日のうちにクリスの母親が学校に呼ばれ、本人をまじえての面談となった。

 受験をひかえたこの時期に停学ていがくなど、成績優秀者にとっては本来ありえない話だったものの、久松ひさまつが教頭先生に午前中の二人の話し合いを伝えてあったおかげで、クリスの母親も納得したようだった。

「アンタは、もうちょっと親に楽させなさい」

 日の暮れかかった帰り際に、職員玄関の前で母親が疲れた顔をして言った。

 母親は自動車で家に帰り、クリスは自転車で下校した。夏期講習自体が学校に集まっての自習と同義どうぎなのを思えば、懲罰ちょうばつ室待機で自習をしていたのはそのまま夏期講習と言えなくもない。

 懲罰室で夏期講習代わりの自習をしている間、時々久松先生が様子を見にやってきたというのも、クリスを元気づけたのだった。

 クリスが家に帰ると、すでに弟も高校の夏期講習を終えて帰ってきていた。二歳下の弟は、城磯しろいそ高校ではなく県北の県立進学校に入学した。一年の時点で夏期講習があるあたり、勉学に力を入れているのが分かる。

「兄ちゃんおかえり」

「ただいま」

 リビングでくつろいでいた弟は、クリスを見ると残念そうな顔をした。

「兄ちゃん、停学になったんだって?」

「ああ、まあな」

「夏祭りの件で謹慎きんしん受けたんでしょ」

「その通り。いやあ、やっちまったよ」

 どこか清々すがすがしさを感じるクリスの笑い声に、弟はわずかに首をかしげる。とは言っても、兄が普通のものさしでは計れないのも分かっていたので、特に気に留めない。

「ウチの高校でも話題だよ。城磯しろいそ謀反むほんとか城磯しろいそなつじんとか言われてる」

「一人でやったのに何で陣なんだよ」

 ご冗談じょうだんを、と茶化ちゃかすクリスに、弟が居住いずまいを正した。

「だって、友達に手伝ってもらったんでしょ?」

 微笑ほほえむクリスの表情が固まった。

「三年生の間で噂になってるよ。城磯の生徒に手を貸して祭をめちゃくちゃにしたヤツがいる、って。今日の夏期講習で呼び出し食らって」

「まさか、僕と同じように停学……?」

「そこまでではなかったけど、こってりしぼられたみたい」

「そうか……。教えてくれてありがとうな」

 自分の部屋に戻ってスマホを確認すると、メッセージが一件入っていた。弟の話に出てきた、クリスの友人の一人からだった。

 夏期講習が謹慎となり、その代わりに宿題をイヤと言うほど出されたのだという。市の図書館で勉強をするからお前も一緒に来い、とのことだった。

 クリスは短くオーケーとだけ返事を送り、部屋のすみに置いた縦長のスタンドミラーの前に立った。

 スマホを隣の机上きじょうに立てて、動画サイトから今期アニメの公式動画を再生する。

 鏡に映る自分の動きを確認しながら、セットムーブについて考える。

 とはいえ、縦長のスタンドミラーでは姿見からはみ出た部分の動きを確認することは難しい。だからと言って、大きな鏡のあるフロアを一人で数時間借りるほどの財力ざいりょくはクリスには無かった。

「難しいなあ」

 鏡に映ったクリスが、ボソリとつぶやいた。


 ◇


 翌日は、西日本に接近中の台風の影響か、そら一面いちめんに薄い雲が刷毛はけで塗られたように広がっていた。気温はそれほど高くはないが湿度が高く、市の図書館に到着するころには、リュックを背負うクリスの背中にじんわりと汗がにじんでいた。

 駐輪場に自転車を止めて図書館に入ると、湿度の低い柔らかな空気がクリスを包み込んだ。入ってすぐの広場に、かお馴染なじみの二人が立っている。

「やあ、停学食らったんだって?」

 図書スペースの方に響かない程度の小声で、真っ黒いTシャツを着た小太りの眼鏡が言った。

「まさか二戸にとちゃんがそんなワルになるなんて思わなかったよオジサンは。ヨヨヨ」

 眼鏡をとってわざとらしく眉間みけんを揉んでみせる。

 隣で同じようにクリスが現れるのを待っていた、チェックのえり付きシャツの中肉ちゅうにく中背ちゅうぜいは、クリスを見るなりクククと笑った。

「まあ、おかげで俺らも夏期講習受けずに済んだんだけどな。夏休みは夏休みさせろってんだ」

「弟から聞いたよ。太陽たいよう涼人りょうとが謹慎処分を受けたっていうのは」

 悪いことをしたと謝るクリスに、二人はほがらかに微笑んで見せた。

「良いんだよ。高校生の夏休み、最後の思い出としてはこれ以上の傑作ケッサクは俺らにはねえんだから」

「本当にね。オジサン達もまるでマンガの主役になったみたいで面白かったよ」

 小太り眼鏡の太陽は、自分のことをオジサンと呼ぶ。

 クリスと太陽、涼人は小学校からのおさな馴染なじみだ。三人集まってよく悪さをしたし、学校でもって行動することが多かった。成績は良くても運動はイマイチ。中学生の時はいわゆるオタクグループの一つで、異性との交遊はほとんどなかった。

 別の高校に進学してからも、暇があればSNSで話をしていた。時間が合えばアニメを見ながら実況し、興味のあるマンガの単行本などは持ち合って回し読みをする。

 二人の通う進学校は男子校だからか、オタク趣味はいよいよこじらせ度合どあいを増していた。しかし、そんな彼らの濃いオタク話がクリスは嫌いではなかった。

 図書館の入口で取り留めのない話が始まりそうになるのを、受付のおばさんがジッを見つめていた。涼人がその様子に気づいて、とりあえず勉強するかと言い、学習スペースのある郷土資料室へと三人は静かに入っていった。

 紙をめくる音と、鉛筆で何かを記入する音だけが、郷土資料室に響いていた。

 受験をひかえた高校三年生は、どの高校でも今の時期はすべからく夏期講習で登校しているため、学習スペースはよほど勉強熱心な高校生か、これまた受験を控えた中学生といった客層。夏期講習が学習環境を提供するものだとすれば、この場の空気も全く同じだった。

 停学中の課題として出された問題用紙のたばを一枚ずつ消化していくと、突然、図書館内にチャイムが鳴り響いた。

 スマホを見れば、ちょうど正午だ。

 チャイムの音を聞いて、場の空気が弛緩しかんする。り固まった体を伸ばす者、荷物をまとめて帰る者、荷物をそのままに休憩に入る者……。

 クリスはおもむろに立ち上がると、荷物をそのままにして太陽、涼人と共に、近くのファミレスへと出かけることにした。

 刷毛で塗ったような雲は、重ね塗られてあつぼったくなっている。夕方ごろに雨が降るだろうと天気予報は言っていたが、もしかしたらもっと早めに切り上げて帰る必要がありそうだ、とクリスはぼんやり考えていた。

 蒸し暑さに耐えてしばらく歩く。そうして入店したファミレスの店内は肌寒さを感じるほどに涼しかった。

 三人は窓際のボックス席に案内され、適当に料理を注文する。

 机の上に置かれた子ども用の間違い探しのペーパーを見つけて、涼人がつぶやいた。

「この店の間違い探しって、めっちゃムズいのな」

「あー、知ってる。よくタイムラインに流れてくるやーつ。二戸ちゃんは、やったことあるっけ?」

「いや、知らないけど。そんなに難しいの?子ども用でしょ?」

「いやいや、これを子ども用って言うのは甘いぞクリス。ホームランダービーを子ども用って言うくらいには甘い」

 ホームランダービーは、無料で遊べるブラウザゲームだ。子どもに人気のキャラクターを使いながらおにのような難易度というギャップに、オタクの間では罰ゲームの一つとして恐れられている。

「いやいやいや、ホームランダービーはあれこそ子ども用じゃないっていうか、大人でもほとんど無理だから」

 とりあえずやってみろ、と言って涼人に渡されたペーパーをクリスがジッと見つめる。

 全部でじゅうあるという間違いのうち、八個までは見つけたが、それ以上は見つからなかった。

「な、激ムズだろ?」

「これ本当に十個も間違いがあるの?」

 負けしみとは分かりつつも、クリスはそう言わずにはいられなかった。

「フッフッフ。二戸ちゃんや、オジサンのスマホを見てごらん」

 インターネットで検索すれば、答えが見つかる。太陽の見せた画面には、確かに間違いが十個あることが示されていた。

「うわっ、問題文のあるロゴの部分に間違いがあるとかエッグい!」

「本当になあ。子ども用とは思えないエグさだろこれ」

「エグいって言えばさあ……」

 難易度の話から脱線して、なぜか今期のアニメについて会話に花を咲かせていると、店員が料理を運んできた。

 食事をしながらも、三人の会話は止まらなかった。

「そういえば、ジャムプのヒーローマンガがアニメ化したじゃん?」

「したした。『エンカレッジメント・ヒーロー』だろ?一話の演出がもう最高だったわ」

「分かる、オジサン分かるよ。あれもう号泣ごうきゅうしちゃってさあ。一話の最後、決め台詞のところでオープニング曲が流れたときに『これだよ!』って叫んだよね」

「いやあ、あれはズルい。エトルナ十一話で覚醒したルナールが仮面をがしてテーマソングが流れるのくらいズルい」

「涼人はエトルナの話になるとすーぐ早口になるよな」

「早口はオタクの特権ですしおすし」

「それで来週はまたあの名言回でしょ?オジサン絶対また叫んじゃうよ。叫ぶと妹が蹴ってくるんだよねえ」

「あんなに可愛い妹ちゃんに蹴られるとかご褒美ほうびでしょそれ」

「いや、女っ気のない涼人にとっては可愛い妹キャラかもしれんけど、普段のアイツはただの怪獣カイジュウよ?」

「出たー、出ましたー、妹を怪獣呼ばわりー。教育テレビのアニメで見たことあるやつー。お前お兄ちゃんキャラだからってあんまり自慢するとボコすよ?」

「自慢じゃねえから!」

 こういう取り留めのない会話をクリスが楽しめるのは、二人を置いて他にいなかった。久々のオタクトークと味の濃いファミレスの料理に満足しつつ、クリスは席を立った。

「どうした?」

 涼人が問う。

「ちょっとドリンクバー行ってくる」

 専用のグラスを持って、ファミレスの入口近くにあるドリンクバーに向かうと、思いもよらない相手が入店してきた。

「いらっしゃいませ」

 店員の挨拶に何気なく視線をそちらへ向けたクリスは、学校の制服を着崩したツーブロックにり込みの男と目が合った。

 ダンス部の友人達を連れて現れたその男は、斎藤さいとうだった。


 ◇


 クリスと斎藤は、突然の遭遇に一瞬間互いに見合ったが、クリスが体を巡らせて席に戻ろうとする前に斎藤が口火くちびを切った。

「おいおい、停学食らった人間が学校近くのファミレスでめし食ってやがんぜ?」

 斎藤は店員の挨拶を無視すると、首をかたむけて背後の悪友あくゆうたちに言った。大声で言ったのは、後方の友人にはっきりと聞かせるためではなく、店内にいる客や店員に聞かせるためだ。

「うおっ、マジだ。俺らのステージをめちゃくちゃにしやがった二戸くんじゃーん」

「城磯高校きっての優等生二戸くんがどうしてこんな時間に夏期講習も受けずにいるんですかねえ!?」

 自分たちで停学のことを騒ぎ立てておきながら、追い打ちをかけるように言う。昨日の今日でどこからクリスの停学の話を聞いたのかはこのさい考えないとして、ここで一々いちいち大声で騒ぎ立てる彼らの仕業しわざに、クリスは苛立いらだちを感じずにはいられなかった。

 だが、ここで自分から騒ぎを大きくしては斎藤達の思うつぼだ。

 クリスは、罰を受けて停学になっている。だとすれば、今回の件について、これ以上斎藤達と関わる必要はないはずだ。

 挑発ちょうはつする彼らを無視して烏龍ウーロン茶の入ったグラスを持って席に戻ろうとするところを、クリスは斎藤に胸倉むなぐらつかまれた。

「おい、待てよ」

 低い声ですごむ。クリスを腕の筋肉だけで引きつける斎藤の腕力わんりょくは、確かに力強い。しかしそれ以上に、あからさまな悪意あくいを隠そうともせずにぶつけてくる方が、クリスに冷や汗をかかせた。

「ちょっと一緒に話そうじゃないか、なあ?」

 獲物ににじり寄る蛇のように、斎藤が首をゆっくりと左右に動かした。

「……何も話すことはないよ」

「何も話すことはない!?何も話すことはないだって!?」

 クリスのつぶやくような一言に、斎藤は目を見開いて大声で繰り返した。

「俺たちの、城磯高ダンス部の貴重なステージをめちゃくちゃにしておいて、当人である俺たちに対して『何も話すことはない』だって!?テメエ、ふざけてんじゃねえぞ!!!」

 斎藤が大声と共に地団駄じだんだを踏む。

 もう少しずれていたら、踏み足がクリスの足ごと踏んづけていただろう。

「謝れよ」

「え?」

「勝手に学校からの罰を受けて『はい反省しました』で終わりにしてんじゃねえって言ってんだよ。それで俺たちが『ハイ、ナットクシマシタ』っつって納得するワケねえだろ!まずは本人たちに謝罪すんのがスジってもんだろうがよ!」

 斎藤に突き飛ばされて、クリスは思わずドリンクバーに背中をぶつけるところだった。

 斎藤の言わんとしているところは分かる。

 ある悪事あくじに対して被害者が加害者に求めるのは、賠償ばいしょうと同じかそれ以上に加害者側の誠意せいいだ。誠意の一端いったんとして賠償を求めるかそれ以上に謝罪を求めるかは、被害者の一存である。

 そして、斎藤は今この場で謝罪を求めている。その本心がいかなるものだろうと、店員や客を観衆に声を張り上げられてしまえば、それを反故ほごにするクリスは不誠実な人間だという評価はまぬがれない。

「謝れば、君達は納得してくれるんだな?」

「おう、考えてやるよ」

 大声を聞きつけて、窓際奥の席から太陽と涼人の二人が様子を見に来たのがクリスには見えた。助けに来る必要はないとアイコンタクトをすると、クリスは斎藤に向かって、謝罪すると言った。

「それじゃあ、その場で土下座どげざしてもらおうか」

「この場で土下座!?」

「ああ!?当たり前だろうがよ!それで俺達は許してやろうかと言ってるんだ!被害者は俺達なんだぜ!?つべこべ言わずに謝れよ!!はいつくばって土下座して、申し訳ありませんでした、つってデコをゆかにこすりつけろ!!!」

 クリスの頭を鷲掴わしづかみにして、斎藤が凄んだ。

 太陽と涼人がクリスに何かを訴えかけていたが、気にしてはいられなかった。もしクリスがそちらを気にかけて友人と一緒にいることがバレれば、二人にも迷惑がかかってしまう。

 だとすれば、ここは自分一人でことを済ませなければならない。

 クリスは息を一つ大きく吸い込んで、斎藤達を真正面から睨みつけた。それからその場にゆっくりとひざをついて、ひたいを床にこすりつけた。

「このたびは、夏祭りで行うはずだったダンス部のステージをメチャクチャにしてしまい、申し訳ありませんでした」

「声が小さい」

「この度は、夏祭りで行うはずだったダンス部のステージをメチャクチャにしてしまい、申し訳ありませんでした!」

「大きな声で謝れ!」

「申し訳ありませんでした!!!」

 クリスの謝罪の声が店内に響き渡った。

 スピーカーから流れる静かなクラシックの音楽が、逆に店内の静寂を強調する。

 クリスは、歯を食いしばって床を睨みつけていた。

 謝罪をした。

 これが、戦うということだと思った。

 自分が行った罪を償うことだと思った。

 次は斎藤達が答える番だ。

「おう、ヤナちゃん。今の土下座、動画に撮った?」

 ごく軽い口調で、斎藤が後ろに控えていた友達に言った。

「撮った撮った。最高画質、声までバッチリ。情けねえ姿」

 その無慈悲な一言にクリスは面を上げ、斎藤を睨みつける。

「おっと、そんなに睨みつけてもムダだぜ二戸ォ。テメエの情けない姿は動画に撮ったんだ。後は動画サイトでもどこでも投稿して拡散してやるよ」

「そういえば、どこかの動画サイトに二戸ちゃんが俺らのステージを奪って踊った動画があったなあ。結構な高評価がついてたぜ?」

「おっ、マージで!?そこのコメント欄にこの土下座動画のアドレスをせれば高評価の奴らの目も覚めんじゃねえの!?」

 ギャハハハハ、という野卑やひな笑いが店内の空気を震わせる。

 ダメだった。

 彼らはどこまでも悪辣あくらつな蛇だった。

 土下座の動画をダシに、どこまでもクリスを責め続けるだろう。そう考えると、怒りよりも先になぜか悲しみが湧き上がった。

 自分は戦っているつもりでも、実際はただ彼らにえさを与えていたのだ。

 攻め入る隙を与えて、自らを供物くもつにしてしまったのだ。

「二戸ちゃーん、ラインにさっきの動画を流したらさあ、他のダンス部の奴らも二戸ちゃんの土下座が見たいってさ。ちょっと俺らと一緒についてきてよ」

 斎藤が、クリスの肩を掴んで引っぱり上げた。

 そのまま店外に引きずり出され、力づくで放り投げられる。バランスを崩したクリスは、駐車場でつまづき転んだ。

「な、二戸ちゃんや。俺らのオネガイ、聞かなかったら、分かってるよね?」

 ポツリ。と、クリスのほおに一滴の雨が落ちてきた。

「おん?雨が降ってきやがった」

 ヤナちゃん、と斎藤に呼ばれた取り巻きの一人がつぶやいた。

 雨はたちまちボタボタと大降りになり、斎藤達はうひゃあだのちくしょうだのと悪態あくたいをつく。

 注意がそれた一瞬の隙をついて、クリスはその場を逃げ出した。

 謝っても無駄だった。

 斎藤達は、誠意を見せて欲しかったのではなく、ただオモチャが欲しかっただけだった。

 そんな遊びに付き合ってどうする。

 謝罪をしたのだから、それ以上に付き合う必要はない。

「あ、おい!逃げたぞ!追え!」

「待てやゴラァ!」

「逃げんじゃねーよ!!!」

 突然の豪雨の中を、三人に追いかけられながら、クリスはがむしゃらに走った。

 信号に捕まりそうになれば曲がり、直線で追いつかれそうになれば私道しどうを分け入り、身を隠しつつ、何度も見つかっては逃げ出すを繰り返す。

 学校に行けば先生がかくまってくれるかも知れないと考えたが、斎藤達に先手を打たれていた。校内への入口は全てダンス部の人間によって見張られていた。

 息が上がる。

 足が痛む。

 ブレイクダンスが主体だけあって、ダンス部の体力は相当なものだった。追いつかれるのも時間の問題というところで、赤信号で止まっていた自動車からクリスに向かって叫ぶ声が聞こえた。

「乗りなさい!」

「え……?」

 息の上がったかすれ声で返事をすると、もう一度、運転手が叫んだ。

「いいから乗りなさい!早く!青信号になるから!」

 後部座席のスライドドアが開く。クリスは自動車に乗り込んだ。

 同時に信号が青に変わる。土砂降りの雨の中を、黒のヴェルファイアが猛スピードで走り始めた。

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