戦ってこい 01
夏休み後半、夏期講習のために久々に登校したクリスの机の上は、大型のカッターでズタズタに切り
「ドロボウ」
漢字が書けなかったのだろう、カタカナで机いっぱいにドロボウという文字が
分かっていたことだった。
机の横に荷物をかけて、デコボコになった
「よお、クリス。のこのことよく登校してきたもんだな」
クリスが来たことを誰かが伝えたのだろう、隣のクラスから一人の男子生徒が教室の入口にもたれかかり、クリスに向かってよく通る声でなじってきた。
ツーブロックに
「そんなよくしぼった水ゾーキンじゃあ、この机はキレイにならねえよ。こうしてもっとビチャビチャにしねえとな!」
空になったペットボトルを窓から外に投げ捨てて、机を蹴り上げる。
上方に向かってわずかに浮いた机は、そのまま大きな音を立てて着地した。
「何をしている!」
夏期講習を行うはずの教師が生徒の連絡を聞いて入ってきた。
「
「はーい、すいませーん」
制服のポケットに手を突っこんで、蹴り上げた机を今度はクリスに向かって蹴った。
天板の
「じゃあな、クリス。また休み時間に会おうぜ。今日はたっぷり時間があるからな」
斎藤と呼ばれた男子生徒は、肩を
男子生徒が
「
机上の
他の生徒達の
まずは、ドロボウ、と大書されたこの机と戦わなければならない。拳を強く握りしめて、クリスは教室を後にした。
◇
アニソンダンスバトル・スクリームが開催されたその日。
バトスクに熱中し過ぎたあまり終電を逃したクリスは、シゲ、とんとん、バジルと共に、タニーの家に泊まることになった。
「ヨーヘイさんとアッコちゃんは今日は帰るってよ」
途中で
ドアが閉まる。窓越しにクリスが手をふると、アッコが少し悲しそうな顔をして小さく手を
あるいは、
「あーあ、ヨーヘイさんとアッコちゃんはこのまま
二人の乗る電車を見送ったあとに、タニーがぼそりと言った。
「はーい、タニーくんお手付きでーす」
バジルの言葉を聞くと、肩を借りていたシゲがほとんど無意識にタニーの頭へ
「……あの二人は、付き合っているんですか?」
「うーむ、どうなんだ?一緒に住んでいるとはきいたぞ」
クリスの質問に目をつぶったままのとんとんが、ぼやくように言う。
「それって同棲ってやつですよね。もうほとんど結婚じゃないですか」
「まあでも、結婚って言うと二人とも否定はしないまでも、いい顔をしませんからねえ。男女の関係は難しいものですよ」
「ダンスはめちゃくちゃ息が合ってるから、相性が悪い訳じゃあないんだがな」
吸血光祭りの二人の関係性にあれこれ妄想を
「まだこんなに飲むんですか?」
「お、何だ?お前も飲みたいか?」
受験を控えているのでと
「お前、高三かよ!」
「マジ!?大学生とかじゃねぇの!?」
「おいおいおいおい、ライジンさんちょっと急かし過ぎっしょ」
「大学に入ってから参加じゃあダメだったんですか?」
結局のところ、高校三年生だと言うクリスに対して彼らが問いたいところはそれだった。
大学受験という人生の
「いや、参加するとは思ってなかったんですけど」
今大会、バトスクに参加したのはライジンの
「でもよォ、結局練習会には参加しただろ?それはお前が決めたことだ。違うか?」
違わない。
クリスはダンスの世界に、受験期という人生で最も大切な時期に飛び込んだのだ。人によっては、受験からの逃げだとクリスをそしるだろう。
「そうですね。……僕は学校に居場所がありませんから」
一瞬、室内が静まり返る。
とんとんが缶ビールを一気に飲み
「なんだ、学校から逃げ場所を求めてきたのか?」
それまでの言葉
「逃げ……では、ないです。逃げて求めたんじゃなくって、進むためにもがいたって感じに近いです」
「なんだよクリスァ、歯切れが悪いなあ」
クリスは、ライジンと出会った時のことを思い出しながら、四人に向かってポツポツと語り始めた。ライジンとどのように出会い、それまでにどんな葛藤があり、どうして地元の夏祭りであのような
その心の底は、クリス自身にも分からなかった。
イジめられたくないとか、学校に行くのが嫌だとか、そういうことではなく、単純に居場所がなかった。シゲの言うようにコミュニケーションが下手だから居場所が作れなかったのだろうか。それとも、こじらせた
「クリスくん。それは『逃げた』んじゃあ、ありませんよ」
ほとんど酒を飲まずにいたバジルが、クリスの話を聞いて真面目な顔で答えた。
「逃げたんじゃなくって、求めたんですよ。それまで手の届かなかった、届くとも思わなかった場所に手を伸ばして、その手がようやくつかんだ糸の一本が、クリスくんが今ここにいる理由です」
「つかんだ一本がライジンさんって、お前どんだけ引きが強えんだ、って話だけどな」
シゲの言葉にタニーが同意して付け足す。
「一本つかんで手繰り寄せた先がダンスの沼だったりしてな」
「本当に、タニシゲの二人は
「そうでなきゃ聞いてらんねーんだよ、今のコイツの話はよお……」
シゲはほとんどラッパ飲みの勢いで焼酎の瓶を
「……だから、学校に行くのは嫌じゃあないんですけど、それでも
「
「とんとんみたいにゴツいのもいるんだろ、どうせ」
「む!?タニーは俺の筋肉をバカにしているのか!」
先ほどの威圧感のある口調ではなく、クリスの聞き慣れたとんとんに戻っていた。
「してねーよ。ただ、筋肉はパワーだからな。クリスのような細身じゃあ、とんとんのパワーには太刀打ちできねえだろ?」
「当たり前だ!そんなひ弱な首など二秒でへし折ってやるぞ!」
「怖いです、とんとんさん……」
目の前で裸締めのジェスチャーをするとんとんに、クリスは
「まあそんな訳で、夏休み明けの学校は今やお前にとって超危険地帯になってる訳だ。それでも学校に行くのか?」
「……行きます」
「無理してケガしてもつまらないだけですよ?」
「それでも……ここで学校に行かないと、それこそ逃げたことになっちゃいますから。最後まで、やり通さないと」
コップに注がれたコーラの黒い
その時、ローテーブルの上に置いたクリスのスマホが鳴った。
「ライジンさんからです」
「ライジンさんは、何だって?」
内容をザッと一読し、別に読み上げても問題ないと確認すると、クリスはその場で送られてきたメッセージを読み上げた。
「お疲れさま、
「確かに、それができると強いですよね」
「それから、セットムーブを毎日考えて作れ。お前にはムーブの種類が足りない。自分の身体の動きを確認して、何ができるか常に考えろ」
「うわー、ライジンさん
「クリスが受験生だってことすっかり忘れてんなあ」
タニーとシゲが若干引いているものの、容赦なくアドバイスをするライジンにクリスは逆に信頼されている感じを受けた。
それだけ期待されているという
「後は、普段の生活を
「やはりライジンさんはパワフルだな!そういうところが好きだ!」
「お前の好きは、イコール戦いたいみたいに聞こえるんだよ」
最後の短い一文を読もうとして、クリスは思わず
「戦ってこい。……以上です」
スマホをテーブルに置いて、大きく深呼吸をした。
「ライジンさんに言われたんなら、いやまあ言われなくっても、学校にはきちんと行かねえとな」
「はい。きっちり落とし前つけてきます」
「そんな
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