負けてこい 04

「気負い過ぎ」

「周り見なさ過ぎ」

「バーサーカー」

 ホールの外、ロッカーの前でクリスは三面から囲まれるようになじられていた。

 背中はロッカーを背負っているので、実質逃げ場はない。斜め方向を見れば2オン2の準決勝に駒を進めた吸血きゅうけつひかりまつりのヨーヘイとアッコ、逆側にはタニシゲのタニーが身体からだや動きのチェックをしながらその様子をながめていた。

「はい……」

 クリスは返す言葉もない。

 参加者四十人中、十六人が本戦に勝ちあがるソロバトルの予選は、2オン2と同じように二サークルで順番に行われた。予選バトルはピックアップ方式で、二つのサークルを使いバトルをする体を取るものの、ジャッジのつけた点数によって本戦へと進むチーム、あるいは個人が決まるというものだ。

 ソロバトルが2オン2と異なる点は、四十人をそれぞれ十人単位でひとまとめにし、十人をさらに赤コーナーと青コーナーで分け、一人あたり制限時間九十秒でまとめてバトルをするということ。

 2オン2に比べて、ソロバトルはそれぞれのコーナーに五人ずつ立つことになるので、サークル内がひしめいている感じがあった。

 それゆえに、ピックアップされるためには、ひしめき合う人の中でキラリと光る実力、人をきつける魅力、関心かんしんを集める爆発力が必要となる。

 その点、クリスは最初からバトラーの関心を集めてはいた。

 ホールの外でライジンと起こしたひと悶着もんちゃくの噂は、バトラーの間に突風となって駆けめぐった。バトルが始まる前からジャッジとバチバチになっている人間など聞いたことがない。だとすれば、そいつには何かあるのかも知れない。

 否応いやおうなく集まる視線も、クリスには関係なかった。

 興奮、怒り、緊張。さまざまなストレスがクリスの正気をむしばみ、予選バトルの時も、隣のサークルのジャッジをしているライジンをぎゃふんと言わせてやろうという気合ばかりがからまわっていた。

 その気合が奏功そうこうしたのか、あるいは自分の番で流れた曲が、かつて耳にタコができるほど聞いたアニソンの名曲『Needless to say』だったからか、バッチリ踊ることができた。

 『Needless to say』は、男の義務教育と呼ばれる夕方アニメ『アルテゴイド』のオープニングだ。スラップ奏法そうほうのベースから始まる曲はベースとドラムが戦うようにリズムの刻みを奏でていく。男性ヴォーカルが熱く歌いあげるので、サークルに立つバトラーも否応なしに心がふるえ立つ。

「予選はクッソカマしてたのになあ」

 シゲがクリスのひたいをデコピンした。

「あれは確かにすごかったですね。キングタット自体ももの珍しいし、曲の理解度も抜群バツグンでしたからね」

 バジルもクリスの額をデコピンする。

「ストップモーションと見せ方が上手うまかったな。技のキレもさることながら、繋ぎがスムーズで身体からだのキレも良かった」

 とんとんも二人と同じようにデコピンする。

 クリスの額は、デコピンを受けたところだけ真っ赤に染まってたんこぶが出来たかと思ったし、特にとんとんの一撃は血が出たかと思ったほどに痛かった。

「しかし、だ」

 シゲが切り出す。

「本戦第一試合!ありゃあ何だ?お粗末そまつにも程があんだろ!」

 2オン2と共に発表された予選通過者に自分の名前が呼ばれた瞬間、クリスは我に返った。それまで失っていた理性が、まるでバシャリと頭に冷や水をかけられたようになってしまったので、心が急激に冷えてしまったのだ。

 予選は四人のジャッジがそれぞれのサークルに二人ずつ分かれていたために、偶然にもクリスはライジンに向かってダンスに点数をつけてもらうことはなかった。

 それが本戦になると、サークルが一つになり、ジャッジは四人全員で行うことになる。

 正気しょうきに戻ったクリスは、全員の視線が集まるサークルの中で固まってしまった。周囲のざわめきが耳に痛いほど響き、暗いライブホールの中で、サークルにだけ当てられるスポットライト。対戦相手は動画で見たことのある新進しんしん気鋭きえいポッパーのHyde。

「Hydeは毎回気合十分だからなあ」

「俺はアイツのガッツが好きだぞ」

「まあ、あの力強いポップダンスを嫌いな男はいないでしょう」

 さらに畳みかけるように、二人のバトルで流れた曲は、クリスの知らない曲だった。

 東京近郊きんこうでしかやっていないテレビ局で放送されるアニメ番組で、ネットの動画サイトでも放送しているのはごくわずか。その上、数年前のアニメのエンディングだという。ただ、曲のノリはダブステップの効いたポッパー向けのもので、DJがクリスとHydeに合わせた選曲をしてくれたのが分かる。

「で、DJが選んだアンセム定番曲で、カッチカチに固まって出られなかった、と」

 本来ならばクリスが先に出るべきところを、知らない曲に足がすくみ、目の前で気合十分なHydeに対して空気にやられてしまった。おかげで予選のときに出来たムーブの十分の一ほどの力も出せず、挑発していたHydeも最後にはクリスをあわれんで応援に回る始末。

 勝敗はジャッジ全員がHydeに手をあげた。

 Hydeへの健闘をたたえる拍手と、クリスへのまばらな拍手。光の当たるそのサークルから退場する時、クリスは涙さえ出なかった。

 ただ、恐ろしい場所に立たされて何もできずに終わってしまったという徒労とろう感だけが、ジクジクとクリスの心をむしばんでいた。

「これは一生モンのトラウマですね。生え始めの羽もバッキバキにれて、下手へたしたら次はないんじゃないですか」

 バジルととんとんのチームは予選で落ちてしまった。さすがに2オン2は層が厚く、簡単には突破できない。自分達に合った曲を引けるかどうかもあるし、そこできっちり自分達の存在感を示せるかもある。

 吸血光祭りとタニシゲの二チームは、本戦に出場し、順調に初戦も突破した。

 DJタイムが終われば、まもなくベスト8が始まる。

「まあ、終わったもんは仕方ないからよ」

 ストレッチで身体を伸ばしながらヨーヘイが誰に言うでもなく言った。

「とにかく最後まで遊んでいけ。これから2オン2もソロバトルもベスト8だ。DJタイムでサイファに混ざってきてもいいし、とにかく楽しめ」

 ヨーヘイの言葉が、混乱したクリスの頭にスルリと侵入してくる。まるでカラカラに干からびた大地にじょうろで水をかけるように、クリスの冷え固まった心になぜかヨーヘイの言葉は染み込んできた。

「……ウッ、……ウうっ」

 と同時に、うつむくクリスの目から大粒の涙があふれてきた。

「お、良いじゃん。くやしいって思う気持ちがあるんだな」

「シゲ。今は茶化ちゃかさずそっとしておいてあげましょう」

「どうしたニトクリス、どこか痛いのか」

 とんとんにたずねられ、クリスは次々と溢れ出てくる涙を何度もぬぐいながら答えた。

「デコピンされたところが……すっごい痛いです」

「はッ!それだけ強がりが言えれば十分だ」

 後は任せた、と言ってシゲはタニーと共にホールのステージ側、勝ち上がった選手達が待機する場所へと進んで行った。

「なんだかんだ言って、シゲはクリスくんのことが気になってるんでしょうね」

「それは……分かります」

 鼻声はなごえでクリスがつぶやくと、バジルはそっとクリスの頭に手を置いて、でまわした。

 真似をするようにとんとんがバジルのもじゃもじゃ頭を撫でまわす。

「とんとん、僕の真似をして僕の頭を撫でないで」

「お!そういうムーブなのかと思ったぞ!」

「空気読んで」

「読んだらこんなところにいないぞ!」

 バジルの頭を撫でるとんとんと、クリスは目が合った。歯を見せて笑うとんとんの表情は、予選で負けても一寸いっすんの曇りもない。

「……お二人は、強いですね」

「強くないからこうしてクリスくんをなぐさめる役なんですけどね」

「筋肉が足りなかったな!」

 光の当たるサークルの真ん中を悠々ゆうゆうと歩く司会が、ベスト8の試合開始を叫んでいた。


 ◇


 ベスト8を勝ち抜き、準決勝に駒を進めた吸血光祭りのヨーヘイとアッコは、集中を高めるために仲間の方へは戻ってこなかった。タニーとシゲは延長戦の末に負けてしまい、いらだちを隠すこともせずにいた。

 DJタイムにホールがわき立つ。薄暗いホールに色とりどりのライトから太い光線が降り注ぎ、参加者も観戦者もDJの流すアニメソングに合わせて体を動かしたり、歓声を上げたりしている。

 クリス達はホールの後方、二つある出入口の片方近くでえんを作っていた。

「ここで知らない曲が来るとは思わなかったぜ……」

 ひたいに拳をこんこんと当てながら、シゲが歯を食いしばる。

「いやあ、そして相手が曲知ってたなー。サビ前の盛り上がりでガッツリとフリーズ決められたら、あー勝てねえってなるわ」

 タニーは腰に手を当てて、天井てんじょうあおぎ見る。

「いい勝負でしたよ」

 バジルの慰めの言葉も、今の二人には届かなかった。

「確かに、相手のチームは強かったですね」

 ブレイクダンスにはあまり知識のないクリスでもタニシゲの対戦相手のパワームーブが洗練せんれんされており、また力強いのが十分に感じられた。

「『ラジえめ』なあ。アイツらガチガチのガチなストロングスタイルだからなあ」

「ラジえめは良い筋肉をしているな!俺は好きだぞ!」

 ヘンタイ筋肉のとんとんが言うのだから、その実力は折り紙付きなのだろう。

 タニーとシゲは細かいおとりや、客を楽しませなごませる中でブレイクダンスの技もキッチリ見せていく、劇場型とでも言うべきスタイルだ。

 一方でラジえめはスポーツとしてダンスを見せるアスリート型、あるいはプロレス型とでも言うべきスタイル。大技やスタイリッシュなフリーズが決まって観客がくほど強い。

「異種格闘技戦みたいなところがありますからね。噛み合わなかった、って感じでしょう。終わったことは置いといて、DJタイムが終わったら吸血光祭りのセコンドに行きましょう」

「そうだな。そうだ、DJタイムで思い出した。クリス、ライジンさんから伝言だ」

 タニーとシゲは、負けたときに必ずジャッジに握手を求める。ジャッジに対してお礼を言うためで、それは大会ごとに必ずやっている彼らの礼儀の一つだった。

 礼を言う時に、シゲはライジンから一言ひとこと耳打みみうちされたのだ。

「DJタイムでサイファに混ざってダンスをしてこい、だってよ。踊れなかったら約束は解消。サイファに入れたのを見届けるのは俺たちだとさ」

「えええ?」

 すっかり意気いき消沈しょうちんしていたクリスに対して、ライジンは無情にもサイファに混ざって踊ってこいという。踊ってこなければ、約束を反故ほごにする、とも。

「というか、サイファって何ですか?」

「ああ、やっぱり知らないよね。サイファっていうのは……ほら、ああいった人の輪の事だよ。知っている人、知らない人、ダンスのジャンルも関係なく、DJタイムにフロアでダンスを踊りたくなった人同士が輪を作って、順々にその輪の中央に繰り出してダンスをする空間。それをサイファって言うんだ」

「なるほど……」

 タニーの指し示す方向には、七、八人が円状に集まっており、土俵どひょうよりも一回り小さいくらいの輪を作っている集団があった。輪を作る人達の中から、曲に合わせて中央に一人が躍り出てダンスを披露する。他の人はそのダンスに拍手をしたり親指を上げたりして声をかけ合う。

「ちょうど良いじゃん。クリス、あのサイファに混ざってこいよ」

「混ざってこいよ、って知らない人ですよ」

「はァ?ここにいるのは皆ダンス仲間だろ、自分のダンス見せつけて友達になるんだよ、コミュ障!」

 思い立ったらすぐに行動、とばかりにシゲがクリスの背中を叩く。押され、叩かれ、突き放されたクリスに、タニーが親指を立てて一言付け加えた。

「遠慮や配慮はいらないから、情熱で踊ってこい!」

 あたふたしながらサイファのに加わったクリスを、その輪を作り上げるダンサー達が一斉に見た。

 冷ややかな目、興味深げな目、敵意のある目、不安そうな目。

 様々な表情の視線が、クリスの顔を強風きょうふうとなってうちつける。

 心臓が一回、強く鼓動した。

 曲が変わる。とあるロボットアニメの主題歌だった。オリジナルビデオアニメーションのみで地上波の放送はなかったが、地味ながら洗練された機体と骨太ほねぶとな物語がコアなファンに受け、またその主題歌のカッコよさも話題になった曲。

 クリスもその曲は知っていた。

 それでも、サイファの中央にいきなり入っていくのは、はばかられた。サイファを作るクリスよりも少し年上のダンサー達は、みんなクリスの動向に注目していたが、クリスがサイファの中心に出てこないのを悟って別の人が躍り出た。

「アイツ……せっかくタニーが忠告したっていうのによお」

 シゲがフロアにつばを吐きそうなほどに悪態あくたいをつく。

「曲を知らなかったんじゃないのか?」

 とんとんが隣に腰かけながら問うと、シゲは鼻で笑った。

「練習でもそうだったんだが、クリスはな、曲を知っていると一瞬だけ足が動くんだよ。バーサーカーしてる時はそのまま前に出られるんだろうが、理性が残っていると動いた足が止まっちまう」

「なるほどな!シゲの観察眼はさすがだ!」

「相手を見ないとバトルで勝てないからな」

 サイファで踊るダンサーは目まぐるしく変わる。知っている曲の、音にハメたいところがあれば、誰よりも率先そっせんしてサイファの中央に立とうとするからだ。

 ある者はトーマスからのエアチェア、ある者はヘッドスピンからのフリーズ、ある者は片足ずつのひねりシフトからジャックナイフと激しい動きでせていく。

 多少失敗しても、ケガをしない限り問題はない。サイファは自分の動きを確認する場でもあるし、練習とは異なる環境で新しい技を繰り出せるかを試す場でもある。

 ただ、サイファの弧の一部であり続けていても、それはサイファに参加していることにはならない。弧から一歩を踏み出し円の中央でダンスを披露したとき、初めてサイファに参加したと言える。

 つまり、練習場での時と同じく、今またこうして単なる観戦勢となり始めたクリスは、サイファに参加しているとは言えなかった。

「クリスァ!」

 シゲの叫び声が、サイファに届いた。大音量と重低音の効いたホール内では、ホール全体に届かなくとも、クリスの耳にははっきりと自分の名前が叫ばれたことが分かった。

「踊れや!」

 シゲの叫び声と共に曲が変わった。

 去年の秋ごろに放送されたラノベ原作の美少女ハーレムアニメのエンディング。いわゆる電波曲と呼ばれる曲だ。

 DJブースの前で歓声が上がる。

 速いテンポの曲は、ノリの良さから観客にとっては楽しい選曲だ。しかしダンサーにとっては、速すぎる曲は対応に困る曲でもある。どこの音を取るべきかをはっきりさせて踊らないと中途半端になってしまうのだ。

 クリスの知っている曲だった。ただ、この曲で踊るという感覚はなかった。

 初めにサイファへ加わったときと同じような視線が、クリスに注がれる。サイファの輪に加わってから一度しか向けられなかった注目をもう一度浴びている。

 クリスは、一歩を踏み出した。

「よし!」

 腰の辺りで小さくガッツポーズをするシゲを、タニーがニヤニヤと見つめていた。


 ◇


 その場のサイファは、クリスの踊った一曲を最後に解散となった。

 曲の終わりと同時にDJタイムも終わったからだ。

 最後の最後で踏み出した一歩は、本戦で心の羽を折られたクリス自身を勇気づける一歩だった。

 サイファが解散した後、一緒にダンスをしていたうちの一人が、クリスに近づいて声をかける。

 真っ白な男性用チャイナ服に緑髪みどりがみ角刈かくがりという奇抜なファッション。ダンスは正統派なロックダンス。

「良いじゃん、アニメーション?キングタット?珍しいし、身体のキレも良い」

 満面の笑顔とはこういうことを言うのだろう。クリスはつられて笑顔になった。

「ありがとうございます」

「ああタメ語で良いよ。何歳か分かんないけど、大体俺と同じくらいだろ?ああ、俺はうみさくって言うんだけど、君の名前は?」

二戸にとクリスって言います。本名がダンサーネームで、高校三年生です」

「高三!?受験生がこんなところいていいの!?」

「いやあ……まあ、ハハ」

「余裕かよ、うらやましいぜ。俺なんか勉強ダメダメでさあ、ギリ滑り止めの私大。親からめっちゃおこられる」

 前方のサークルから歓声が上がる。まもなく準決勝が始まるようだ。

「お、始まるな。とりあえずラインだけでも交換してくれよ。暇だったら連絡してくれ」

 スマホを取り出してアドレスを交換すると、うみさくはどこかへと去ってしまった。去り際にった腕の手首に、ピンク色のリストバンドがついていた。

 準決勝に進出した吸血光祭りの二人とセコンドについた残り四人は、ライトの当たるサークルで、対戦相手とにらみ合っている。

 観客のひしめき合うサークルの周りに押し入ることもできず、クリスは夢を見ているかのようにその様子を眺めていた。

 近くて遠い、遠くて近い。

 初めてのアニソンダンスバトルは、クソのような結果だった。予選こそ曲を知っていたから通ったものの、本戦はまともに踊ることさえできなかった。ブーイングが出なかったのが奇跡だ。

 全力で踊る以前の問題。踏み出せない一歩。

くやしいなあ」

 スポットライトの下で歓声が上がる。

「……俺も、もっと踊りたいなあ」

 曲が変わって観客が湧く。次の曲も、今期アニメの曲だ。女児じょじ向けの朝アニメで、長年ながねんシリーズものとして続く人気のある作品。

「もう一歩……一歩ずつ」

 スポットライトの降り注ぐ本戦サークルに背を向けておもむろに立ち上がると、クリスはホールの外に出た。

 壁一面にロッカーのある廊下は、ホールの中の音楽が漏れ聞こえる。その音を聞きながら、あまり激しくし過ぎないようにダンスをしている人達がいた。

 サイファを作ることはないが、通行の邪魔にならない程度に固まってダンスをしている。

「あの、僕も混ざって良いですか?」

 クリスはそのうちの一グループに声をかけると、静かに、確かめるようにダンスをし始めるのだった。

 遠くで歓声が上がる。勝敗が決まったようだった。


 ◇


 吸血光祭りは決勝まで上がった。初めての決勝戦で、相手はラジえめを倒したナルにえ物語。あきばるは~らでも本戦を普通に勝ち進む歴戦れきせん猛者もさだ。

 一進一退いっしんいったいの攻防の末に勝ったのはナル贄物語。決勝を終えてヨーヘイ達はやりきった顔をしていた。

「今回は、ナル贄物語が上手だった。だけど次は負けないさ」

 負け惜しみでもなんでもなく、ヨーヘイは自信たっぷりに言った。どうしてそんなに自信たっぷりに言えるのか、クリスには分からなかったが、それを問うのは失礼なことのように思えた。

 何か質問したそうなクリスの様子に、アッコが言う。

「負けると思って戦うバカがいるかよ」

「おっ、イノキ!」

「さすが俺らのアッコちゃん!言うことが違う!最強!」

「おいおいお前ら、猪木の名言は少し違うぞ!」

 次々はやし立てる取り巻きの四人に、アッコが次々と腹パンを見舞みまっていく。悶絶もんぜつする男衆おとこしゅうの横で、ヨーヘイがハッハッハと笑っていた。

 つられてクリスも笑っているところで、クリスが突然大声をあげた。

「終電!」

「うわっ、ビックリした。突然どうした」

「終電もうないです!うわー、やってしまったあ……」

 決勝が終わってからも、ヨーヘイとアッコの二人について色々ほかのダンサーと話などをしていた。未熟な自分を、一歩を踏み出せない自分を変えるべくあれこれ努力をしていたら、時間のことをすっかり忘れてしまっていたのだった。

「おいタニー、今何時なんじだ?」

「十時前だぜ、シゲ。ちょっと終電には早くねえか?」

二戸にとクリスは遠いところに住んでるからなあ」

 ジャッジの仕事を終えてつい先ほどクリス達に合流したライジンが言う。

「ライジンさん、クリスはどこに住んでるんスか?」

栃木とちぎ

「あー、東北かあ。それじゃあ遠いわ」

「シゲ、栃木は関東よ」

「いや、あながちシゲの言うことは間違ってないんだな、コレが。クリスの最寄り駅は、あと数駅で福島だ」

「あら、宇都宮以南いなんだったらまだ電車があったのね」

「これが東北の北の方とか北陸とかだったらまだ諦めもついたんだろうけどなあ、クリスよ」

 会話に参加することもなくスマホをあれこれいじるものの、今夜中にクリスを家まで運び届ける公共交通機関は見つからない。いじらしくスマホとにらめっこを続けるクリスを、ライジンがニヤニヤと見つめている。

 その理由に最初に気づいたのはヨーヘイだった。ライジンと同じように意地悪く微笑ほほえみかけるシゲにアイコンタクトを送ると、シゲもその意味をようやく理解した。

「そしたら今日はもうこっちに泊まるしかねぇだろ。なあ、タニー」

「そうだなあ……って、俺ン家かよ!?」

「当たり前だろ!お前ン家が一番広いんだからよお」

「泊めるのは別に構わないが、前回みたいにあんまり騒ぐんじゃねえぞ?前回クッソ騒ぎ過ぎて、上下左右じょうげさゆう全部の家主やぬしから苦情が来たんだからな!?」

「あの……僕はホテルに」

「何だよクリス!まさかホテルに泊まるなんて言うんじゃないだろうな?学生なんて金ないんだからその辺は融通ゆうずう効かすんだよ!泊まってけ泊まってけ!浮いた金でもう一回大会に参加できるだろ?」

 機先きせんせいしてヨーヘイがクリスの肩に腕を回す。

「そうだな、ヨーヘイの言うとおりだ。クリスに今一番必要なのは、とにかく試合に出まくること。そのためには金が要る」

 ライジンがクリスの胸に拳を軽く当てた。

「使えるもんは何でも使え。タニーの家なんか使い倒しちまえばいいんだ」

「いやライジンさん、いくらなんでもそれは……」

「今日は色んなことが一気に押し寄せて消化しきれないかも知れないけど、かてにしていけよ、二戸クリス」

「……はいッ」

「あれ?ライジンさんは一緒に来ないんスか?」

「俺はこれから別の仕事があンだよ。あ、クリス、金」

「ライジンさん、せっかくいい感じに去ろうとしてたのに締まらないッスね」

「うるせえ」

 参加費を渡されると、ライジンは時間を確認しながら小走りで駅へと向かった。

 その様子を七人で見送って、それからヨーヘイが切り出す。

「それじゃあ、バトスクお疲れ様会でもやりますか」

「今日は未成年がいるから酒とタバコはひかえること。分かった?特にヨーヘイととんとん」

 アッコの言葉にヨーヘイが胸を押さえる。

「グッ!?マジか……」

「マジよ」

「俺はタバコはやらないぞ!首の筋肉に悪影響だからな!」

「アンタは酒を飲み過ぎるな、って言ってんの。ほら、クリス。突っ立ってないで行くわよ」

 六人がそれぞれに荷物を持って歩き出す。

「待ってくださいよ」

「待たねぇよ!さっさとこっちに来い!」

 リュックを背負い直して、クリスが後をついていく。

 田舎の夜は街灯がいとうもまばらで、星と月明かり、それからコンビニくらいしか明るいものがない。

 今夜、こうして目の前の六人と歩く街は、夜もけてきたというのにあかりが一層輝きを増しているようにクリスには見えたのだった。

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