負けてこい 02

 自己紹介が済んだ、ということでダンス前の準備体操をそれぞれに始めた。

 ヨーヘイはアッコと組んで柔軟体操を始め、タニーはシゲと共にラジオ体操なのか、それをアレンジしたのか判別のつかない運動をしている。とんとんはバジルと共になぜかブリッジをしていた。

 二人組作ってー、にあぶれた状態のクリスだったが、柔軟体操は別にソロでもできる。一人で上半身の柔軟を始めると、みかねたシゲがクリスの隣にやってきた。

「お前ホントコミュしょうな。混ざりたい、って言えよ」

「いや、あの」

「そう言えば、お前のダンスジャンルは何?ライジンさんに認められたってことはやっぱロック?」

 背中をぐいぐいと押されてクリスはタニーとシゲに挟まれるようにしてよく分からない体操を覚え込まされる。ラジオ体操をアレンジした動きをあれこれレクチャーされながら、クリスはいつの間にか自然と会話ができるようになっていた。

「ロックダンスじゃあないです。最初はロックから入ったんですけど」

ファーストカムズロック最初はグーじゃん」

「でも、何か実際にダンスしてみて、鏡を見ても自分の動きにあんまりキレが無くって、それで何か別のって考えた時に今のダンスと出会ったんです」

「で、それは?」

 体側たいそくを伸ばしながらタニーが問う。

「えーと、タットなんですけど」

「ああ、タットかあ」

 タットはポップダンスの一種だ。パズルのように指や体を動かし、幾何学きかがく模様を指で、あるいは空間に演出する。元々はタットと言えばフィンガータットのことを指していたが、最近ではアームタットやレッグタットなどが現れ、ポップダンスの一種というだけではなく、タットあるいはタッティングというダンスジャンルとして認められつつある。

「この界隈かいわい、タットっつったらアイツがいるからなー」

 髪のない頭をボリボリときながらシゲが酸っぱい表情をする。

「リュカさんですよね」

「あ、やっぱり知ってる?」

「まー、アイツは『あきばるは~ら』本戦の常連じょうれんでもあるし、この界隈で知らないったら、ましてやタットやってて知らないってんならモグリやろ」

 足を大きく前後に開いて、アキレス腱からハムストリングスまでをじっくり伸ばす。適切な負荷をかければ大きな筋肉が温まって自然とひたいに汗がにじむ。

「クリスもリュカを動画で見てタット始めたんか?」

「それもあります。けど、とおるさん……ライジンさんにはお前のそれは別モンだって言われました」

「別モン?」

 両手を組んで上に伸ばし、タニーとシゲは仲良く首をかしげる。

「お前のそれはキングタットだって」

「へえ、キングタット」

 興味深そうに、シゲが目を輝かせた。

「界隈でキングタット主体でダンスするのはあんまりいないかな」

 キングタットはタットダンスの中でもよりエキゾチックな動きをする。エジプトの壁画へきがに描かれる人の形に動きが似ていることから、エジプシャンタットと呼ばれることもある。

 キングタット主体のダンサーがあまりいないのは、キングタットと呼ばれる一連の動きがポップやアニメーションの一形態であるからだ。技の一つとして、あるいはつなぎとして使われることはあっても、それを主体にするなら、メジャーなポップやアニメーションを主体しゅたいにした方が良い。

「しっかし、ニトクリスでキングタットは出来過ぎだな」

 足を交差させて上体を前に倒しながらタニーが言った。

「ホントな。エジプトの王がエジプシャンタットだぜ?キングタットを踊るためだけに生まれてきたような名前だよ」

「正直、キングタットについてライジンさんから説明されたときに運命を感じました」

 上体を後ろに反らせながら、クリスは困ったように笑った。

「名前がアレでもダンスが下手ヘタだったらどうしようもないんだけどな」

「シゲ、その言い方はアレだろ」

「でもお前だってアレだろ」

「アレアレうるせえなお前ら。若年じゃくねんせい健呆症けんほうしょうか」

 のんびりと体をほぐしているうちに、他の組は準備万端だったらしい。ヨーヘイが三人をぞんざいに手で壁際へ追い払うと、アッコに目配せをして音楽をかけさせる。机上きじょうに置いたノートパソコンはスピーカーに繋げられていた。

 エンターキーを押すと同時に流れ出す音楽。ドラムスティックを打ちつける音が三回、それから流れる前奏、インスト。

「マスカレードフォー!」

 クリスは思わず叫んだ。

 マスカレード4、人気ロールプレイングゲームの四作目だ。人の心を仮面で隠した世界を数人の高校生が救う物語である。一作目からコアなファンに人気の作品だったが、マスカレ4になってそれまであったダークな雰囲気から割とポップな雰囲気へと作風が変わったのが受けて、アニメ化を果たした作品だった。

 アッコが流したアニメ版オープニングのインストも、ハウスミュージックを意識した音楽で、きざむリズムは自然と体を動かしたくなる。

「うおおおおっ!!!」

 突然聞こえた雄たけびにクリスは驚き、声の主を見ると、両手両足を広げてわなわなさせているとんとんだった。たちまちヨーヘイを押しのけるようにスタジオの中央におどり出る。

 体を左右に振り、力強いトップロックからのフロア技。そのままトーマスに繋げてハローバック。腕を押し出すようにして跳ねあがると、再びトップロックへと戻る。

「とんとん、いきなりは危ねぇって」

 突き飛ばされたヨーヘイが、近所のワルガキをたしなめるように言う。

「それに鏡があるんだからちゃんとムーブを確認しなさいよ」

「うおおおおっ!ひなこおおおおっっ!!!」

「まあ、そこだよな」

 曲に反応して暴走するようにとんとんが踊り始めたのは、マスカレ4のキャラクターの一人に思い入れがあって、その曲を聴くと身体を動かさずにはいられなかったからだ。

 ひなこというキャラは主人公の年の離れた妹で、天使のような性格の幼女。とんとんの最初の発言を思えば、ひなこを愛でない理由がない。

 しかし、曲の前奏を聞いただけで即座に反応し、技をガンガン決めるストロングスタイル。見た目に違わぬ筋肉お化けの存在感にクリスは恐怖に近い感動を覚えた。

「凄いですね!」

 アニメのオープニングサイズで曲を踊りきって後、ヨーヘイとアッコに場所をゆずってとぼとぼと戻ってくるとんとんは、近づいただけで感じられるくらいに熱をもっていた。

「いや、まだだ」

 とんとんが正面に立つクリスに向かってボソリとつぶやいた。

「え?」

「まだ筋肉の神は俺に微笑んでくれない。もっとだ、もっとブリッジをやらなければ……。良いかニトクリス!」

「はっ、ハイ!」

「首だ!首を鍛えろ!首を鍛えればどんな技にも耐えられる!!!」

「は、ハイ……」

「クリスくん、真に受けないようにしてくださいね」

 とんとんに肩をがっつり押さえられ力説するツバに耐えるクリスに、もじゃもじゃ頭のバジルが苦笑いしながら言う。バジルの隣で鏡のない壁に寄りかかって座るシゲは、狼狽うろたえるクリスを見て口を押さえて必死に笑いをこらえていた。

「バジル!俺は正しいことを言っている!首を鍛えれば人は今の五倍は生きられるぞ!」

「ね、とんとんはちょっと頭がおかしいんですよ」

 がっしと肩を掴まれて振り回されるクリスを、鏡の前で自分たちのダンスを確認しているヨーヘイとアッコがクスクス笑っていた。

「とんとん、あんまりイジメんなよ」

 ヨーヘイがアイソレーションを鏡で確かめ、体を温めながら言う。

「イジメてなどいないぞ!」

「お前はもう体格がおどしそのものなんだよ」

 タニーが付け足す。

「そうか!すまなかったな!今度一緒にマスカレ4を見よう!」

「は、ハイ」

「お前も返事ばかりじゃねぇか、時代遅れの人工知能かよ」

 シゲがツッコむ。

 ヨーヘイとアッコの二人が鏡を見ながら踊るロックダンスは、丁寧そのものだ。曲に合わせて二人で息の合った動きをすると、フロアの見栄みばえが何倍も華やかになる。

「二人のルーティーン、めっちゃ綺麗ですね」

 クリスが隣に座ったバジルにつぶやいた。クリスとは逆側の隣にはとんとんが座っており、音楽に合わせて体を動かしてうずうずしている。今にも飛び出して中央で踊る二人をはらってしまいそうだ。

「あの二人は毎日のように練習していますからね。練習量があの二人のルーティーンを支えているんですよ」

 マスカレ4のアニメ版オープニングが終わる。ヨーヘイとアッコの二人が自然とその場を退しりぞいて、代わりにタニーとシゲがスタジオの中央に立ち、それぞれ別の動きを練習し始める。

 二人ともにブレイクダンス主体だが、とんとんのようなストロングスタイルではなく、足を使った技のスレッドや立ち技の確認をしていた。動きにアクロバティックなところはないが、曲を知っているらしく、ところどころで歌詞や曲の盛り上がりにダンスをパチッとはめ込んでいく。

 互いに自分のダンスだけでなく相手のダンスを良く見ているのがクリスでも分かった。二人はときどき暗号のような言葉を発し、受け取った側は動きを変化させているのが見てとれたからだ。

 タニーとシゲが中央から降りると、再びとんとんがフロアで練習を始める。今度はバジルと一緒に動きの確認をするようだった。とんとんとバジルが交互にダンスをし、互いの状態を確認する。鏡で見て内容をチェックする。

 スタジオ内にかかる曲は最初のマスカレ4のオープニング曲以外は、数分程度で目まぐるしく変わった。事前に音楽を繋げて用意していたのだろうか。アッコがスタジオのどこにいても常にノリノリだったのを見るに、音源をつくったのは彼女だろうとクリスは思った。

 音楽が変わるたびにスタジオの中央に立つ人が交代する。不思議なことに音楽はどれもアニメソングで、ノリの良い、踊りやすい曲ばかりだ。

 クリスにとって、それは夢のような空間だった。アニメソングに合わせて、ダンスを踊る。一緒に踊る。そういう場所に自分がいられる。自然と体が動くのが分かる。

 この曲は二年前の覇権はけんアニメのオープニング、こっちは十年前の謎ダンスと言われたエンディング、これは五年前から爆発的に売れた小説のアニメ化シリーズ一期のオープニング……。

 クリスの身体は自然に動くものの、肩を揺らしたり、あるいは指でリズムをとったりする程度だ。とんとんのように、勢いよく立ち上がってスタジオの中央に躍り出るようなことができない。

 その様子をシゲとヨーヘイは横目で見ていたが、あえて何も言わなかった。

 すっかりひざを抱えて座り観戦モードに入ったクリスは、練習を終えて隣に座ったバジルに対して質問をするのだった。

「バジルさん、いつもこういう場所で練習しているんですか?」

 壁一面が鏡のスタジオで自分の動きが確認できる場所など、クリスの環境にはほとんど存在しなかった。毎日のようにこういうスタジオで練習できたらどれだけ良いことか。クリスには羨ましさしかない。

 タニーとシゲの練習姿をクリスと同じようにジッと見つめていたバジルは、目をスタジオの中央に釘付けにしながら答えた。

「いや、今日はたまたまですよ。なんかヨーヘイさんから場所取ったって突然連絡がありましてね。それなりに広いスタジオですし、バトスクの会場にも近いしで、練習会に参加させていただいたんですよ」

「とは言っても時間は短いんだけどな、すぐにバトスクの会場に行かなきゃだし」

 タオルで汗を拭きながらヨーヘイが会話に混ざる。

「あの……バトスクって、何ですか?」

 クリスが質問すると、ヨーヘイとバジルがそれぞれ顔を見合わせる。それまでずっとタニーとシゲのダンスを熱心に見ていたバジルでさえ、その言葉には驚かずにはおれなかった。どちらから切り出すべきかと悩んでいたところで、ヨーヘイが自然と切りだすことになったようだ。

「いや、今夜これから行われるアニソンダンスバトルイベントだよ。ライジンさんから参加するように言われてんだろ?」

「いいえ、言われてませんけど……?」

「ええ?それじゃあ何でわざわざ土曜の昼間の練習会、というかウォームアップに参加したんですか?」

「いや、あの、良い練習会があるから来いってライジンさんに言われて」

 話の妙な噛み合わなさに三人して目を白黒させているところで、アッコがスマホの画面を見ながら寄ってきた。

「キミの名前、バトスクのエントリーシートに載ってるよ」

「え……えええ!?」

 ほらこれ、とアッコに差し出された画面を見れば、確かにリストの最後の方に「ニトクリス」と名前が入っていた。

「はっはっは、ライジンさんも粋なことをするなぁ。よーし、ニトクリス!練習はここまでだ、と言ってもキミはほとんど練習してないけど、バトスク会場に行くぞ!」

「えええええ!?」

「えええええじゃねぇ!テメエは甲子園のサイレンか!さっさと用意して会場に行くぞ!」

 ヨーヘイの後ろでシゲが大声で言う。他のメンツもいつの間にか荷物をまとめて移動準備に入っている。

「え、ちょ、待ってください!荷物ロッカーに預けたままで」

 急がないと置いていくぞとシゲに脅され、置いていかないけど急ぎなさいとアッコに追い立てられ、ロッカーに荷物を取りに戻る。

「急げー」

 一緒についてきたタニーにまで急かされ、カギを開けて荷物を取る。が、荷物を全て取ったところでクリスの動きがはたと止まってしまった。

「どうした?腹でも壊したか?」

 心配そうにのぞき込むタニーに、クリスが振り向いて答えた。

「このロッカー、お金が返ってこないんですけど……!」

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