第4話

無事に納品出来た包装紙の一件でオレと上京はコンビ扱いされたらしい。

クールビズを提唱する社内で、ようやく上着から解放されたと思ったらあだ名を付けられた。

「チェックのかんちゃん、ストライプのおいちゃん」

上京が好んでチェックの柄・特にギンガムチェックのシャツを着るし、オレはストライプが多かったから人目を惹いたんだろうか? しかし、上京を「かんちゃん」て、個人的に引っかかる。


「生田くん、話があるんだ」

「はい、部長?」

珍しく部長に呼ばれて緊張するな。

「きみに『食パン男子』を何とかして貰いたい」

「はい?」

「おお、理解が早いな。やってくれるか」

「違います」

何の事だか、さっぱりだ。

「社内の珍事ですか? 自分は営業の外回りが主なので社内の噂ごとを耳にしません。申し訳ありませんが、説明していただけますか?」

「そうか。きみはなかなか生ぬるい育ちのようだ」

育ちを問われても。

「パソコンを叩く時以外だが、食パンしか口にせず、パンくずをまき散らしては自ら掃除を行い、無駄に業務を増やしている不器用なものの事だ。器用な子だと思いきや、隙があるのが愛おしいが」

誰の事だか解った自分が怖い。

狭い世界に生きてる人間みたい、でも、アイスコーヒー以外に食べたりするんだな。

「総務部が掃除をすると言っても聞かないし。かと言って、そのまま放置して万が一にも虫が湧いたら不衛生極まり無い。社内の環境不備を社長に問われかねない一大事だ。私は懸念している」

はー。あいつは他部署ですけどね。

「きみの言う事なら聞くんじゃないのか? おいちゃ……生田くん!」

今、おいちゃんと言ったな。

クズか、この部長。

「上京の事ですよね。あいつが食パンを食べているのを見た事が無いのですが。そもそも、営業部在籍時代もランチとか、食べている姿を見ていませんし」

「百聞は一見にしかず、だ。行きたまえ、商品部に。さあ、おいちゃん!」

「……行きますけど。おいちゃん呼びは勘弁していただけませんか」

クズから呼ばれたくないんだけど。

「皆、そう呼んでいるじゃないか。なあ、おいちゃん」

もう、嫌。

「結果を出せ。おいちゃんなら出来る。私は信じているぞ。土産にこれを持て」

「何ですか、この紙袋」

「クロワッサンだ。どうせなら『クロワッサン男子』のほうが可愛らしい」

性癖か?

「パンくず、益々酷くなりますよね」

「それを何とかしろと言うんだよ」

押し付けるなよ、クズ部長。

何でもかんでも上京ならオレが担当みたいな真似するな。

「本来なら社内規定の清潔感を問われるギリギリの、きみの寝ぐせみたいな髪を許しているのは私のおかげだと思い知れ」

「……重々、承知しております」

畜生、痛い所を突いて来る。


「行きます、でも結果を出せるか解りませんよ」

「結果を出すのが営業部の仕事だろうが、おいちゃん。ふざけているのか?」

悪ふざけをしているのはあんたでしょ、と言いたい。しかし上司。縦社会の辛さが身に染みる。


さて。上京が本当に食パンを食べているのか? それにどうして食パンなのか、疑問があるな。

パーテンションで区切られた商品部に入り「失礼します、営業部の生田です」と一礼したら、まさかの光景。皆さんが揃いも揃って何かを食べている。

おやつの時間には早いし、お昼を過ぎたばかりだし、何してるの? この人達。

「あら、おいちゃん」

ああ、もう嫌。尊敬する菊原課長までオレをそう呼ぶとは。

「メーカーさんが挨拶周りに見えてね、珍しい麩まんじゅうをいただいたの」

麩まんじゅう? 聞きなれないな。

「餡を生の麩を包んだ、地方の銘菓よ。日持ちしないから全国に出回らないし、知らない人の方が多いわよね」

それで一斉に食べているのか。

「冷蔵庫に入れたら固くなっちゃうからね」

今、それでも食べるべき?

上京も食べているのか? まさか。

「おい、上京」

「ん?」

あ、食べてない。良かった。いや、違う、真相を確かめなければ。


「ああ、食パンね。いつもは食べないんだけど、こうも1日中パソコンと向かい合わせだと糖分不足になるんだ。脳が欲する感じ」

「ゼリー飲料のほうが良くないか?」

手軽だし、営業部の人間はよく口にしている。もしくは菓子パンだ。瞬時に血糖値が上昇して満腹感が得られるし、活動のためのカロリーが取れるから。

「持続しないからな。試したんだけど、食パンがいい塩梅で」

「いっそ、スイーツとかにしたらどう?」

「俺は甘いもの苦手だって、言っただろ?」

可愛い顔してるのにスイーツ苦手とか反則じゃないの。


「おいちゃん、かんちゃんの分、食べたら? 1つ余っているのよ」

「あ、いただきます」

麩まんじゅうを食べていたら上京が熟視する。

「食べる気になった?」

「ひと口なら貰う」

食べたいなら最初からそう言えよ。折角、いただいたんだろうに。

あ、でもこれしか残りが無いんだよな。

「食べかけで悪いけど」と口元に持っていったら、食べた。小さな口で噛み切った。

そして口元を手で覆い隠して咀嚼し、頷いた。

「あまり、もちもちしていないな。麩って食べやすいんだ」

で。この残りはどうしたら?

まあ、意識しないで食べればいいのか。オレはきっと考えすぎだ。

「中身がこし餡だからたべやす……普通、全部食べるか? 生田」

「へ? いただいたものは残せないよ。お米もそうだ、一粒一粒に神様が宿るから残すなって躾られなかったか?」

「じゃなくてさ、人前でそれは」


あれ。狼狽えるの初めて見るんだけど、何か罰の悪い事したかな。


「ああ、土産があるんだ。忘れてた。食べる?」とクロワッサンを出した。

「何度も言わせるなよ。甘いものは」

渋る上京に「食べてみたら美味しいかも」と齧らせた。パリパリと音を立てて難しい顔をしているが、唇にパンくずが付いたので、衝動的に上京の顎を掴んで顔を近づけた。

「おい、待て、馬鹿野郎!」

「あ」

何をしようとしたんだ、オレは?

上京が口を手の甲で拭いながら腰が引けている。頬が紅潮しているし、あれ?

自分が何をしようとしたのか。あ、パンくずを取ってやろうと。舐めようと。あっ!


「仲良しさんに悪いけど、そろそろ、かんちゃんに仕事させていいかなー? おいちゃん?」

「あ、菊原課長、失礼しました」

「……まだ戻るなよ。これだけ見ていけ」と上京がパソコンの画面を見せた。発注書の原板か。

「今、営業部が使用している発注書だとデータ送受信可能な会社ならいいけど、町工場だとFAXだからさ、字が潰れちゃうんだよ。そのまま誤認されると深刻な事態を招く恐れがある。重要な数値とかの記載欄を広めに、と思って。どうかな」

そんな事までしているのか。

有り難いな、営業部出身の上京がいて助かるな。

「これならいけるんじゃない、流石だな」

「俺の負担が減ればいいんだよ」

言いながら照れてるなんて、可愛い所があるじゃないか。

って。

自我を喪失しかけている!

早く部署に戻ろう、危険地帯だ、自分を取り戻さなければ。



「で? 食パン男子はどうした、おいちゃん」

畜生。逆らえない。

「本人は糖分摂取のためと言っていました。支障を来すのであれば、説得しますが」

「そのために行かせたのにしくじったか、おいちゃん! 虫が湧いたらどうするんだと説明したはずだ」

イラつくなあ。

上司でなければ、蹴り飛ばしたい。

「失礼ですが、皆さんおやつの時間には何やら食べているのでは無いですか? 上京ひとりを責めるのはおかしくありませんか?」

「贔屓目かね、おいちゃん。そんなに好きか? かんちゃんが」

「違います!」

上京が惚れてるだけだ、不一致を主張する!

「気に入っているんだろ、違うか? いいコンビらしいじゃないか」

「同期ですからコンビと呼ばれて悪い気はしませんが」

「ならば、私情を捨てろ。ここは会社だ。上司の指示に従うのが筋だ。まあ、これでも食べてきみも糖分補給したらどうだ。落ち着きたまえよ」

おいこら部長。

あんたも麩まんじゅうをもらっていたのかよ。

「和菓子は苦手か?」

「そういう訳では」

「ならば、仕方あるまい。私の好物を分けてやろう」

今度は何だ。

「冷凍庫にチョコミントのアイスクリームが入っている。3つ確保しているから寛容の志で1つあげよう」

あんた、社内で何してるんだ。

「不服そうだな。では期間限定販売の抹茶アイスでどうだ。宇治茶専門店が開発販売を手掛けたレアものだぞ。通販でも買えない。京都の本店に出向いて購入したのだ」

社外で徘徊しているんじゃないだろうな。

「お気持ちだけで十分です」

「なかなか尻尾を振らない部下だな。かんちゃんしか見えないか。恋は盲目だ」

「……失礼してよろしいでしょうか」

イラついて仕方ない。

いつか、報復してやる。蹴り飛ばせないなら、冷凍庫を開けっ放しにしてアイスクリームを溶かしてダメにしてやる。姑息な真似でも致し方ない、手段を選べない。部下だから。


「顔が引きつっているぞ、どうした生田」

おまえ、タイミングが悪すぎだ。

「上京、おまえこそ何しに営業部に」

「かーんちゃん! 丁度良かった」

げえ。

あの部長が何を言い出すか解ったものじゃない。

「今日、用事ある?」

思わず部長から隠すように立ち回った。何としても戯言を聞かせる訳にはいかない、オレだけ見ていればいいんだ、両手をぎゅっと握りしめて訴えかけた。

「は? 仕事終わってからって事なら予定無い」

「良かったー」

「何が、だよ。生田、手を離せ。折角プリントアウトした発注書、落として拾えないだろうが」

あ、靴に何か覆いかぶさっているな。

これの事かと拾って渡そうとしたら「見なかった事にしてあげようか、おいちゃん。私の指示を遂行しろ。結果を聞かせろよ? 出来そうじゃないか?」

こん畜生。

「社内の風紀だけは乱すなよ。私に借りばかり作るのは辛かろう?」

ああ、もう。

「かんちゃんは人気者だからな。覚悟を決めているんだろうね、なあ、おいちゃん」

いつか殴り飛ばす。

決めたぞ、腹をくくれよクズ部長。

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