雨
春嵐
雨にとける
雨。
自分。傘を差して、立っている。
「あ、私」
自分が傘を差して、立っている。それを自覚するまで、ちょっと間があった。
「わけわかんないな」
自分が自分であることを、忘れていた。傘を持つ右手。靴の感覚。それが感覚として右手と両足に伝わる。
なんとなく、不思議な感じ。自分。
「どこだここ」
まず下を見ていた。スカート。青色。
「いやいやいや」
場所を判別するのに自分のスカートを見てどうする。
顔を前に。
交差点。
人通りはない。車もない。点滅する信号。赤に変わる。
「そっか」
夢だ。そう思った。
しかし、その瞬間から、傘にぶつかる雨雫。これが現実だと、言わんばかりの雨音。
「どっちでもいいや」
現実でも、夢でもいい。あまり差はなかった。自分。
雨。
心地いい。涼しい。
点滅する信号。青に変わる。
周りの景色。さっきよりも、ちょっとだけ、綺麗に見える。
「ちがう」
青がすこしだけ深くなっている。
「夜明け前だ」
自分は、夜明け近くに、交差点の前に立っている。車も人もいない、交差点に。
「アスファルト」
地面。
「ビル」
囲まれている。
「信号と横断歩道」
青。もうすぐ点滅。
「なんだこれ」
よくわからないけど、気分がいい。このまま、ずっと、たたずんでいたい。
雨。
誰かの姿が、横切った気がする。
「思い出せない」
そう呟いて、それ以上の思考を紛らわせた。それを思い出してしまえば、この雨がなくなってしまうような予感。
信号が変わる。赤。近くを、ごみの収集車が通っていく。それを見ながら、現実だという実感を遠いものとして捉えていた。
「夢にこんなリアルなゴミ収集車でてこないでしょ」
忘れていた。
ごみ捨てないと。
「あっ」
思い出してしまった。ごみ捨て。
私は、普通に仕事をして、普通に生きてきた。そして、ついさっき、隣の布団で寝ていた人から、結婚を申し込まれた。
それがうれしくて、よくわからないまま外に飛び出してきた。恋人を置いて。
「あれ」
恋人、置いてきてる。プロポーズに返答してないじゃないか私。
身体が火照ってきた。焦りなのか、よろこびなのか、よくわからない。
傘をたたんで、雨を全身で浴びた。
自分。傘を差さずに、立っている。
雨。私を祝福してくれる雨。
交差点。私の人生の岐路。
「そんなことはないか」
いままで、普通に生きてきた。そして、それはこれからも変わらない。恋人がいても、普通はそのまま普通。恋人はきっといま、朝ご飯を作っている。そして、できあがったら電話を掛けてくる。そして気付く。
「私、電話持ってきてないんだよね」
恋人が私を探し始める前に、帰らないと。
でも今は。この青が、なくなるまでは。
雨に打たれて、立っていよう。
雨 春嵐 @aiot3110
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