第3話 人工衛星─①
「ただいまー」
家に帰った僕を出迎えたのは、玄関先でスマートフォン相手に熱心な様子の姉ちゃんだった。
河崎綾音。中学二年の僕の姉ちゃんは、最近スマートフォンばかり見ている。まぁ、何もしていないのも鬱陶しいから好きじゃないけど。
「姉ちゃん、玄関先で何やってんのさ。スマホ使うなら自分の部屋でやりなよ」
「うっさい、部屋だとWi-Fiの繋がりが悪いのよ。ここが一番電波がいいの」
僕の進言をキッと睨み付けて黙らせる姉ちゃん。今度お金貸してと言われても貸さないからな。
姉ちゃんはスマホでよく動画を見る。見るのはもっぱら深夜アニメの配信だけど、時々プレス機で何かを潰す動画を見てるときは少し不安になる。
だから姉ちゃんはWi-Fiに凄くうるさい。我が家は家族シェアのデータプランに加入してるから、通信制限がかかるとお母さんにこっぴどく怒られるらしい。僕は携帯を持ってないからよく分からないけど。
「分かったら部屋に戻れば? そこにぼさっと立ってるとまた繋がり悪くなるかもしれないじゃない」
「…………」
言いたいことは沢山あったけど、その全てを僕は飲み込む。うん、僕は辛抱強くなった。
と──僕の頭に一つ思い付いたことがあった。
「姉ちゃん、姉ちゃんのスマホで調べることって出来る?」
「調べる? ネットが使えるかってこと? そりゃ出来るわよ」
「じゃあさ、今日のニュースちょっと見せてよ。出来れば午後の」
「……?」
突然の頼みに、姉ちゃんは少し──いや、かなり不思議そうな顔をした。
僕の額に手を当てて「熱は無いわね」と確認したあと、見ていた動画アプリを閉じてブラウザを開いた。
ちなみにその時、姉ちゃんの待ち受けがアニメの男性キャラだったのは見なかったことにした。
ブラウザに出てきた今日のニュースを、片っ端から確認していく。何とかという政治家のスキャンダルが発覚したとか、ドラマでよく見る俳優の熱愛が判明したとか、とりとめの無いニュースばっかりだ。
指でタップして下に向かってニュースを確認していく。
その指が、ふと気になるニュースで止まった。
「『日本産の人工衛星、正午に打ち上げ予定』……」
「あぁ、そのニュースが気になったの? だったらもう夕方のニュースで放送されてるんじゃないかしら」
姉ちゃんは立ち上がって歩き出す。僕もその後を慌てて追う。
姉ちゃんの向かった先はリビングだった。というより我が家にテレビはリビングにしか無い。
電源を付けて最初に映ったテレビ局は、何処かの田舎を旅する番組だった。チャンネルをすかさず変えていく姉ちゃんの手が、とあるニュース番組で止まる。
『……お伝えしている通り、本日正午、種子島国際宇宙センターより打ち上げられました〈人工衛星XVーⅡ〉は、大気圏を突破し軌道に入った直後、通信が途絶えたとのことです。今回の件を受けて──』
「ありゃ……失敗したんだ。打ち上げ」
姉ちゃんは少し残念そうに言った。
多分姉ちゃんにとっては、結構どうでもいい話なんだろう。僕だって、いつもはこんなニュースさっさと流している。
だけど……
僕はリビングの窓に駆け寄り、空を見上げた。
陽は少し傾いてきたけど、まだ日本列島は上空で存在感を放っている。
「なに、空に何かあるの?」
後ろから姉ちゃんが覗き込んでくるけど、何も言わないし、何も気づいていない。
やっぱりあの日本列島は、僕にしか見えていないらしい。
「どうしたの? あんた何か変よ?」
「え? そ、そうかな……?」
「そうよ。突然ニュース見たいだなんて、あんたらしくない」
うん、それは僕も僕らしくないと思ってる。
多分今姉ちゃんの目には、僕が遠い空から来た宇宙人に見えているんじゃないかな。現に宇宙関係のニュース見てたし。
結局僕は、その後しばらく各局のニュースを見ていた。
姉ちゃんはしばらく不思議そうに僕を見ていた。そのあとは僕の後ろでスマホをいじり、時々僕の方に視線を向けていた。
まるで地球の事を調べる宇宙人と、それを監視する地球人のように。
そんな奇妙な状態は、お母さんが買い物から帰ってくるまで続く。
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