diary:1 その空に島国を見た。
第1話 ダブルソーダ─①
その時の僕は、きっと凄まじい集中力を発揮していた。
感覚としては、先生が「あと十分」と宣言したテストの時のように。
僕は鳥すら落とすような眼光で睨み付け、眉と眉の間が痛くなるくらい額にシワを作って──
「──これくださいッ!!」
電光石火の手捌きで店先のショーケースからアイスを引き抜き、レジで眠たそうにしているおばちゃんに突きつけた。
「……54円」
おばちゃんは機嫌悪そうに言うが、この人はいつもこんな感じだ。僕はポケットの小銭入れからきっちり50円玉一枚と1円玉4枚を取りだし、おばちゃんに手渡す。
これで僕の全財産は三千円と567円になった。もしハーゲンダッツでも買おうものなら、小銭入れが大分軽くなっていただろう。
もっとも、そんなオシャレなアイスはこの駄菓子屋に置いてないけど。
「おせーぞユウキ。いつまで待たせんだよ」
近くの公園でブランコを立ちこぎしていたケンショーが、小走りで駆け寄った僕に文句を垂れる。
「ごめんごめん。アイス何するか迷ってさ」
「へぇ。今日は何にしたんだ? パルムか? モナ王か?」
「バカ。ユウキが何でもない日に高いアイス買うわけないだろ」
ケンショーの横でブランコに座り、図書室で借りてきた本を読んでいたタッツンが突っ込みを入れる……にしても事実だけど、ちょっと酷くないかそれ。
「そっか。じゃあユウキは何買ったんだ?」
僕はビニール袋から、買ってきたアイスを取り出す。
「ガリガリくんソーダ味。税込54円」
「……だと思った」
タッツンがニヤリと笑って、眼鏡の鼻当てを上げる。最近タッツンは何かの映画に影響でもされたのか、こんな仕草をやることが多い。
「なんだよガリガリくんかよ~。ダブルソーダだったら分けてもらえたのに、気が利かねぇなぁ~」
ケンショーは心底残念そうに言う。しかしそれだと問題が生じることにケンショーは気づいていないのだろうか?
「ケンショー、僕らは三人だよ。万が一僕がダブルソーダを買ってきても、誰か一人が食べられないよ」
「…………」
しばし腕を組んで考えていたケンショーだったが、ポンと手を打って自信満々に言った。
「もう一つダブルソーダを買えばいいんだ!! そうすりゃ三人とも食える!!」
「それだと一本余るから結局誰か損するな」
「じゃあ三つ買えば──」
「それはもうダブルソーダを買う意味無いんじゃない?」
僕とタッツンのダブルパンチ(別にダブルソーダと掛けた訳じゃないよ)を喰らって、ケンショーはその場に膝をつく。
「算数はいつもこうだ……必ず誰かを不幸にする……」
項垂れながらケンショーはブツブツ呟く。さてはこいつ、今日返ってきた算数のテストまた悪かったな。
「なぁユウキ、そろそろ食わないと溶けるんじゃないのか?」
「おっとそうだった」
慌ててガリガリくんの封を開け、急いで口にくわえる。若干溶けたアイスが雫になっていたけど、最悪の事態は避けられた。
項垂れるケンショー。
読書に戻るタッツン。
ガリガリくんをくわえる僕。
夏空の下、僕らは三人集まってるのにみんなバラバラのことをしていると気づいたのは、ガリガリくんを三分の一ぐらい食べた時だ。
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