第25話 兄妹という繋がり 1

 あくる日のイヴ当日。午後に少しだけ仕事があると言い、水上さんは出かけていった。夕食は、仕事の後メンバーとするらしく、準備はしなくてもいいとのこと。

 見送る玄関先で、明日のクリスマスはオフだから今日はごゆっくり、と言ったら、メンバーとイヴにゆっくりしとってもしゃーないやろと返される。

「仲がよくて、いいじゃないですか」

「男とつるんで、なにが楽しぃんじゃ」

 なんてぶつくさ言っていたけれど、笑顔だったところを見ると満更でもないよう。

 水上さんが出かけたあと、ちゃちゃっと家の掃除を済ませ、戸締り確認をし、マンションを出る前に、これから出かける、と水上さんへ一応メールで連絡を入れておく。

 帰ってきた返信は、遅くなるな、の一言。

 わかってますって。

 そもそも長居などしたくないのだから、遅くなるはずがないじゃないですか。水上さんじゃないですけど、凌と一緒にいたって何が楽しいんじゃって話ですよ。

 何なら出てくる料理を全部お土産にしてもらい、早々に店を辞して帰ってきたっていいくらいですからね。

 憂鬱な溜息を一つ吐き、諦めモードでマンションを出る。コートを羽織、賑やかな街へ一人で出ると、どこへ目を向けてもほぼカップルばかり。

 イチャイチャ、ベタベタで、納豆よりもしつこくくっ付いているのを見ると、なんなら瞬間接着剤でも使って永久にくっ付いてたら? と言いたくなるのは、独り者のあきらかな僻みだろう。

 だって、イヴの夜にあの傲慢チキチキ、のーたりん兄貴の相手をしなくちゃいけないのよ。僻みっぽくもなるってもんよね。

 それでも、カップルに交じり家族の幸せそうに笑いあう姿を見かければ、自然と笑みが零れる。

 母と二人、小さなケーキに笑顔を漏らした時のことを思い出す。

 一瞬の。綺麗で温かで、儚い思い出。

 いつか結婚したら、誕生日やクリスマスは必ず家族みんなで祝うんだ。おっきなケーキにろうそくを立てて、誕生日の歌やクリスマスの歌を歌うんだ。

 子供にも旦那さんになってくれた人にも、たくさん笑顔でいてもらうんだ。絶対に、幸せな家庭を築くんだから。

 家族には、自分のような思いは絶対にさせたくない。

 イヴの夜、キラキラと目を奪う電飾を見ながらそんな事を思っていた。

 バーの前にたどり着くと、以前と違って営業時間内のせいか、賑やかな雰囲気が漂っているのが外からでもわかった。

 お店のライトはクリスマス用にアップされ、嵌め殺しの窓の奥もほんのり明るい。真鍮のドアノブに手をかけ中に踏み込めば、数組のお客が楽しそうに談笑をしていた。

「いらっしゃい」

 前回と同じように、紳士的な態度で岸谷さんが迎えてくれた。

「こんばんは」

 ペコリと頭を下げる。

「奥に来てるよ」

 首を巡らし、凌の居る場所を示す。コートを預けて奥のソファ席へと向かうと、凌はこの前と同じ位置に座り、優雅な仕草でワインを飲んでいた。

「よお」

 グラスを掲げ、短い挨拶をしてよこす。

 テーブルの上には、チーズの盛り合わせと蝋燭の炎が慎ましく揺れていた。

「飲んでるんだ」

「ここ、バーだしな」

「そうだけど」

 もっともな事を言われたあと、斜向かいのソファに腰掛けた。

「だから、その席遠いって」

「今日は、恋人のフリするわけでもないし、別にいいじゃん」

 素っ気無くあしらっていると、岸谷さんが注文を訊きに来た。

「ご注文は、何にしますか?」

「えっとぉ」

 何にしようかと考えていると、同じ物を。なんて、凌が勝手に注文しちゃう。

 岸谷さんは、一応視線だけで、よろしいですか? と私を見る。

 考えるのも面倒なので、首を縦に振った。

 凌と同じだろうグラスワインが運ばれてきて、目の前に置かれる。

「ごゆっくりどうぞ」

 控えめな微笑を残し、岸谷さんは下がっていった。

「メリークリスマス」

 凌がグラスを持ち上げた。釣られるように、たった今目の前に置かれたグラスを持ち上げる。

「メリー……クリスマス……」

 同じように口にしてみたけれど、なんだか気恥ずかしい。

 凌と、こうしてクリスマスを祝うなんて、本当に幼い時にしたきりだ。しかも、ケーキを競うように食べる、という子供ならではのクリスマス以来。

 だからか。こんな雰囲気のあるところで、アルコールを口にしながら祝うクリスマスなんて、とても不思議な感覚だった。

 ワインをひと口含むと、体の中を瞬時にアルコールが巡っていく。

 水上さんと飲んだワインも美味しかったけれど、このワインもかなりいける。凌が選んだワインだから、高価なものなのかもしれない。

 チーズを一つ手に取り口にし、更にもう一度ワインを口に含むと、その美味しさが更に際立った。

 そうやって、ワインの味を充分に堪能したところで凌を見る。

 ところで――――。

「お金は?」

「はぁ……」

 わざわざイヴに、ワインやチーズを堪能しに来たわけじゃない。報酬を貰わねば、この外出自体なんの意味もなさない。率直に訊ねると、凌はこの場に不釣合いな声を出し、俯き首を横に振り深い溜息を吐いている。

「せっかくのいい雰囲気が、台無しだよ」

 困ったお嬢ちゃんだ、と嘆かわしい顔つきをしてみせる。

「しょうがないでしょ。もともとの用事は、そっちがメインだから」

「違うだろ。メインは、俺との食事だ」

 何故だか、誇らしげに胸を張っている。

 めんどくさ……。

「もう、いいから。さっさと払ってくれる」

 掌をぱっと広げて突き出すと、更に嘆かわしいと首を振る。

「全く、可愛くないねぇ。それじゃあ、本当に取立て屋だろ」

「あのねぇ。成功報酬を受け取りに来ているだけだから、そんな風にいかがわしい言い方してもらいたくないんだけど」

 しかも、可愛くないは余計だよ。そのくらい、自覚してるっちゅーの。

「いかがわしくはないだろう。取り立て屋だって、立派な仕事だ」

「本気でそう思ってる?」

「いや、言ってみただけだ」

 口角をあげ、笑う凌。どうやら、凌もくだらないジョークが好きなようだ。

 笑いが収まると、ジャケットの内側に手を差し入れ、封筒を取り出しテーブルに置いた。

「少し多めに入れておいた。借金に当ててくれ」

 多めと言うとおり、封筒の厚みはあからさまだった。

「元を辿れば、俺のオヤジが作った借金だしな。これからも、少しずつだけどこうして渡していきたいと思ってるから」

「わかった」

 ありがたくその封筒を受け取る。

 水上さんからのお給料だけじゃなく、凌からもとなれば、想像以上に早く完済できる気がした。

「で、ご飯はどうするの?」

 早々に切り上げるため、催促するようにして訊ねる。

 だって、早いところ帰宅しないと、水上さんにまたどやされちゃうからね。

「うん。一応店に予約を入れてあるんだ。岸谷ー」

 岸谷さんを呼びつけるとタクシーを呼んだ。


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