第16話 過剰な心配

 焼肉店から外へ飛び出し、大通りへ急ぐ。タクシーの空車を目ざとく見つけ、飛び込むように乗り込んだ。行き先を告げてから、心許ない財布の中身を確認する。

 あとで清算してやると言われても、そもそもお札自体を財布に入れて持ち歩く習慣などないので、乗り込んでから慌ててしまった。なんとか、ギリギリでマンションまで辿り着けそうだ。

 ひとまず、マンションに着くまでの工程には抜かりなしと息を吐き窓の外を眺めた。

 街はまだまだ宵の口というところか、人も車の往来も激しい。乗っているタクシーと併走するセダンのタイヤの回転を意味もなく眺めながら、全く水上さんにも困ったものだよねぇ。なんて、誰にともなく語り口調。

 なぁんで、十時に帰宅しなくちゃいけないのよ。早く帰ったからといって、特にすることもないのにさぁ。

 留守の間もお給金が発生しているから、従わないわけにはいかないけど。こう門限みたいにされちゃうと、便利屋の仕事がしづらくなっちゃうよ。

 副業の便利屋とできるだけ平衡して稼ぎたかったのに、算段が崩れそうだ。

 夜の繁華街は道が込んでいて、タクシーはなかなか前に進まない。渋滞をやっと抜け出しスムーズに走り出した頃には、既に約束の一時間が経とうとしていた。

 ヤバイ、ヤバイよぉ。

 携帯のディスプレイに表示されている時刻を何度も見ながら、早く早く、と後部座席で前のめりになる。

 いくら、車内で前傾姿勢になっても、スキーのジャンプじゃないのだから、一気に距離を稼ぐなんて事はできやしない。

 ていうか、ここで飛んだらフロントガラス突き破るけどね。

 って、どんだけ石頭だよ。

 仕方なく、運転手さんを急かす。

「あの、もう少し急いでもらえませんか?」

 急かす言葉に少しだけ気を悪くしたようで、「これでも結構、出してますよ」とぼそり返される。

 それでも客商売、不満を抱えているのかもしれないけれど、運転手さんが更にアクセルを踏み込んでくれた。

 しかし、運転手さんが頑張って出してくれたスピードと私の前傾姿勢も虚しく、マンションに辿り着いたのは、十一時を三〇分も過ぎた頃だった。

 ガチャガチャと焦りながら、必要以上に音を立てて鍵を開けると、リビングでは電話の音がけたたましく鳴っていた。

 その音はまるで、“早く出ろやっ! どあほっ!!”と繰り返し怒鳴られているようにさえ聞こえる。

「うっわー!! ヤバイ、ヤバイッ」

 履いていた靴を脱ぎ散らかし、サッカー選手のスライディング並に電話機の前に滑り込んで受話器を取る。

「もしもしっ」

 焦りと十五階までの距離を急いだせいで、ぜいぜいしている呼吸を必死に誤魔化した。

『おっそいわっ!』

 しかし、誤魔化したところで、遅くなったことには変わりがない。案の定、水上さんは大変ご立腹だ。

「す、すみませんっ! あの後すぐタクシーに乗ったんですよ。でも、道が混んでいて、運転手さんにも飛ばすよう言ったんですけど、全然ダメで……」

『もう、ええ。わかった』

 ぜいぜいするのも構わずに言い訳していると、水上さんの怒気を含んだ声が、少し和らいだ。

 その声音に、これ以上怒られなくて済んだと、ほっと息を吐く。

 ところで――――。

「どうして、私。こんなに早く帰らなくちゃいけなかったんですか?」

 素朴な疑問。というか、もっともな質問でしょ?

 何か仕事を頼みたかったのなら、東京駅に送っていった時に話してくれればよかったわけだし。最初に電話してきた時に言ってくれたってよかったわけでしょ。

 それとも、頼みたい仕事を急に思いついたのかな?

 そんな風に考えていると。

『ん。うぅん……。夜に一人は、危ないやろぉ……』

「……へ?」

『せやからっ。こんな時間まで女一人で出歩くなんて、危ないやないかっ』

 照れ隠しするように怒られた。

「え? あ……、そう、だね……」

 少し呆気にとられてから冷静に思う。

 夜は、危ないって。それって、心配してくれてたって事?

 だとしたら、ちょっぴり嬉しいな。

 帰り時間が遅くなって叱られるなんて、凌と一緒に暮らしていた時以来だ。誰かに心配されるって、心がぽわッと温かくなるね。

 しかしですよ。この心配は、少々いきすぎではないでしょうか。

「あのぉ……」

『なんやっ』

 すぐに元の怒り口調に戻り、さっきの照れたようなゴニョゴニョとしたしゃべり方はどこへやら。

「私、そんなに軟じゃないっていうか……。私なんか襲うような奴はいないっていうか。だから、そんなに心配して頂かなくても大丈夫ですよ」

 あはは、なんて笑いを混ぜながら、あっけらかんと言ってみせる。

『あほかっ。世の中には、物好きもおんねんっ』

 あは。そうきたか……。

 頬が引き攣る。

『せやから。今後も俺がおらん時の夜遅い外出は、禁止や』

 禁止や、って。そんな、勝手な。

 欧米人並みに肩をすくませる。

「でもぉ……」

 なんとか食い下がろうと口を開くと、畳み掛けるような口ぶり。

『俺は、明を雇ってる身や。責任があんねん。せやから、なんかあってからじゃ、遅いねや』

 そう言われてしまうと、身も蓋もないですよ、はい。すごすごと撤退するよりない。

『もうえぇから、とっとと風呂にでも入って寝ろや』

「は、はい」

 電話口の勢いに気圧されたまま返事をすると、ぷちりと通話が切れた。

 言うだけのことは言ったというところでしょうか。

 慌ただしく帰って来てから、漸くまともに息ができるとばかりに深く呼吸をした。

 言われるままにジャグジーにたっぷりとお湯をため、のんびりと浸かった。

 意外と素直でしょ。

「なぁんか、今日は色々ありすぎて、頭が混乱気味だなぁ」

 声に出すと、湿った室内に少しだけ反響するようにして自分の声が耳に届く。

 午前中に、二日酔いの水上さんを東京駅へと送り届け。便利屋の仕事にありついたかと思えば、ずっと忘れていた。いや、忘れようとしていた、兄貴の凌と驚きの再会。

 お互いに、大人になってちょっとは他人の事も考えられるようになったせいか、正面切って話をしてみたら、二人で勘違いをしていた部分もあった。

 あ、いや、でも。小さな頃にいじめられていたことに関しては、まだまだ、恨みはらさずにおくものか。的な感情は残っているけれど。

 兄貴にいじめられていたことに関してだけは、しつこいよ。

 そうして、水上さんだ。

 心配してくれているみたいだけれど、まるで恋人のような束縛じゃないですか。確かに雇い主だから、あんな風に言われてしまえば従わざるを得ない。けれど、やっぱりいき過ぎなんじゃないかと思うのは、私の主観か?

 いや、客観的に考えても、やっぱり度が過ぎている気がするんだよなぁ……。

 ぶくぶくぶくと泡の中に頭のてっぺんまで埋もれて、がはっ! と顔を出す。肌の上を大きい泡の固まりが滑り降り、ゆっくりとジャグジーの中へと戻っていった。

 どうせ束縛するなら、本当の恋人にだけしてくれればいいのに。

 ん? そういえば、水上さんには、恋人がいるのだろうか? この短い期間の中では、そんな雰囲気は感じ取れなかったけれど。

 でも、いないわけないよね。だって、芸能人よ。売れっ子ミュージシャンよ。あの容姿よ。モテモテの選び放題でしょ。こんな貧乏お手伝いに、かまけている暇などないってね。

 ああ、そうか。

 大阪に帰るのを楽しみにしていたみたいだし、きっと向こうに彼女がいるんだ。

 うんうん。そうだ、そうだ。

 きっと、可愛いくて、良くできた彼女が向こうにいるのでしょう。

 水上さんが私にするみたいに、その彼女には怒ったりもしないんだろうな。大切にされてるんだろうなぁ。

 そんでもって、久しぶりに逢っちゃって、恋の炎が燃え上がり、あんな事や、こんな事を……。

 ひやあぁぁっ。エッチィッ!!

 バシャバシャと泡のお風呂で大暴れ。勝手に先の先まで想像し、顔が熱くなる。

 それから、ふと冷静になった。

 そうかぁ……、大阪の彼女かぁ。

 水上さんの……彼女……。

 英嗣の、彼女……。

 はぁ……。

 知らず溜息をついてしまう。

 本人にそう訊いたわけでもないのに、大阪に素敵な彼女がいるという考えが、頭の中に定着してしまった。


 翌日。主人が居なくても、当たり前のごとく早起きをして部屋中を掃除して回った。ひと段落つき、棚の上にあった紅茶の葉を少々拝借して一人優雅にティータイムなんてしてみる。

 掃除をしている合間に便利屋の社長へ電話をして凌のことを問いただすと、案の定報酬以外の金を握らされていた。

 働き場所を探し当てた凌が、どうしても私に会うため断らないように社長へと依頼したらしい。

 全く、社長もお金には弱いってことか。仕方ないか、この不況じゃあ。

 リビングで流れているテレビのニュースは、未だ不況の波は留まらないと告げている。

 仕事があるだけ幸せってなもんよね。ありがたや、ありがたや。

 あ、水上さんを神棚に祀るの忘れてた。

 ま、いっか。

 大阪のほうに向かってぺこりと頭を下げ、パンパンッと拍手(かしわで)を打つ。

 それから、次は凌へと電話をした。しかし、数回コールするも通話は繋がらない。

 モデルの仕事がどんなタイムスケジュールで行われているのかさっぱりわからないので、もしかしたら出られない状況なのかもしれないと諦めた。着信履歴があるのだから、気づけばかけてきてくれるだろう。

 紅茶も飲み終わり、なぁんにもすることがなくなってしまった。

 凌の依頼は、あっちから連絡がない限り動き出せないし。水上さんが居ないから、食品や日用品の買い足しをする物もない。

「ん~。どうしよう……」

 ずっと暇なく働き続けていたせいで、ぽっかり空いた時間をどう過ごしたらいいのかちっとも分からない。

 焼き鳥屋の大将に言えば、ちょっとだけでも働かせてはもらえるだろうけど、なんせ門限が十時だから忙しい時間に帰ることになってしまう。そうなると、逆に迷惑になってしまうだろう。

 やっぱり水上さんに言って、門限十時を何とかしてもらわなきゃ駄目かも。

 ふぅ~、と息を吐き、飲み終わったティーカップを片付け、若者らしく街にでも出てみようかと考えた。

 さいわい、ここから街へ出るのには、電車を一本乗っていけばいい。

 電車賃は惜しいけれど、ただ家に居ても時間を無駄に過しているだけのような気がしてじっとしていられなかった。動いていないと落ち着かないなんて、根っからの貧乏性みたいよね。

 貧乏がすっかり沁みこんだ体を動かし、戸締り確認する。

 水上さんに買ってもらったコートを羽織り、ほんのちょっぴりだけお金の入った財布と携帯を手にマンションを出た。


 出かけた先の街は、気が早く。ビルのあちこちが電飾で彩られていた。並木道にも、鬱陶しいほどの飾りつけがしてある。夜になれば、きっと色とりどりの光を放ち、通りを行く人たちの心を更に躍らせるのだろう。

 店内に入れば、お決まりのクリスマスソング。並んでいる商品も、そういった類のものが目立つ。

「クリスマスなんて、まともにした事ないし」

 サンタの置物を軽く指先で弾き、独り言のような愚痴をもらす。

 幼い頃に、母と二人でクリスマスを祝った記憶は薄っすらある。確か小さなケーキを買って来てくれた母が、ろうそくを灯しジングルベルを歌ってくれた。賑やかなことが訳も分からずただ嬉しくて、ケーキを口一杯に頬張っていた。

 山崎の家に入った初めの頃は、ケーキを父親が買ってきてくれていた。それを、まだ仲の良かった凌と、仲良く半分ずつして食べた。けれど、その時既に借金が嵩み始めていたのか、クリスマスプレゼントなるものは一切なく。両親の見守る中、凌と小さなケーキを突いているだけだった。

 物心もつき、小学校の高学年になった頃、母が病気で他界した。母が倒れた時は、家族総出で看病や家の事をし、クリスマスどころの騒ぎじゃなかった。

 そして、その頃からだろうか、凌からのいじめが酷くなり始めたのは。小学校の三年生辺りから、その傾向は少しずつ現れ始めていた。

 最初は、些細なことだった。

 悪戯と言われれば、それで済んでしまう程度の事ばかり。けれど、年を追うごとにエスカレートし、どう考えてもいじめとしか思えない状態になっていた。

 母も亡くなり、父親は酒と博打に溺れ、そんな中毎日のように凌に苛められ続けていた。

 何が彼をそうさせたのか。どうしてあんな厭な思いをし続けなくちゃならなかったのか。それを考えるたびにお腹の辺りが熱くなるのと同時に、胸が苦しくなる。

 けれど、久しぶりに逢った凌は、昔と変わらない自己中さはあるものの、ちょっとは大人になっていた。元々顔立ちはよかったけれど、モデルの仕事をしているせいかやけに垢抜けていた。

 私とは、生活も何もかもが雲泥の差のよう。

 まぁ、血の繋がりがないのだから、容姿的な事は問題にしても仕方ないけど。

 華やぐ店内をプラプラとし、一つの品物に目を止める。

「あと一ヶ月もすれば、クリスマス、なんだよね……」

 小さなそれを手に取り、ゆらゆらと揺らして笑みを浮かべる。

「喜ぶかな?」

 小さく呟いてから、こんなもの貰っても迷惑かな? としばし悩んだ。

 でも、クリスマスだしね。ささやかでも、気持ちの問題だから。

 人のために贈り物を買うなんて、生まれて初めてではないだろうか。

 母が生きていたら、誕生日や母の日にはプレゼントを贈りたかったなと思い、少ししんみりしてしまう。

 レジで支払を済ませ、益々わびしくなった財布の中身に苦笑いする。

 その後も色々と街を歩き回ったあと、一人じゃつまらないと言う事に気がつき駅へと足を向けた。

 こういう時に友達や恋人がいると、楽しいんだろうなぁ。

 その二つに全く縁のない生活をしてきたから、もちろんどちらも存在しない。せいぜい居て、凌ぐらいだ。

 かと言って、あのいじめっ子兄貴と、仲良くウインドウショッピングなんてする気にもないけれど。

 あ、でも、食事のリベンジがあるのか。次は、大量に頼まないようにしなくちゃ。

 それにしても、折り返しの電話がかかってこないのはどうしてなのか。モデルって、そんなに忙しいのか? さっさと、依頼された仕事を済ませてしまいたいのに。

 人がごった返し、ざわつく駅構内にたどり着くと携帯が鳴り出した。

 凌かな?

 そう思ってディスプレイを見ると、水上の文字。

 うぅ。門限の十時には、まだまだ時間がありますけれど、今度はなんでしょう?

 先走って考えながら、通話ボタンを押す。

「もしもし」

『俺や』

 はいはい、水上さんだと分かっておりますよぉ。

「どうしました? 何かお仕事の依頼ですか?」

『そういうわけやないんやけど。今、どこにおるん?』

「今ですか? 街に出てきてました。水上さんが居ないと家のお掃除くらいしかすることがないので、ちょっとプラプラと」

『一人か?』

「ええ、もちろん」

 残念ながら、相手をしてくれるようなお方はだーれもおりません。

 卑屈に思い、頬を引きつらせる。

『そぉかぁ。一人なんやな』

 念を押すように訊ねる水上さんに、そうですよぉ、と応える。

「水上さんは、今日のお仕事もう終わりですか?」

『おう。終わりや』

「お疲れ様でした」

 労いの言葉をかけると、ええ加減敬語はやめろや。何度言ったらわかんねん。と若干呆れたように返された。

 おぉ、そうだった、そうだった。おつむが弱いので、すーぐ忘れちゃうんですよねぇ。

 それに、主従関係があるせいで、つい敬語が出てしまうっていうのもあるんですけどね。

「ところで、何か用事?」

 敬語禁止令の手前、用事? なんて、馴れ馴れしく言ってみたけど、やっぱりちょっと抵抗がある。

 凌にだったら、いくらでも言えるんだけどなぁ。まぁ、奴の場合いじめられた恨みのせいもあるけれど。

『用事がなかったら、かけたらあかんのか?』

「え? あ~……いえ、そぉいうわけでは、ないけど……」

 そのセリフって、まるで恋人に言うみたいな感じじゃない?

 相手、間違えてませんか? 私、貴方のお手伝いさんですよ。ただの雇われヘルパーですよ。

 そこんところ、解ってます?

 相手といえば、大阪のアカリちゃん(仮名)ですよ。

 そっちに帰って、よろしくラブラブしてるんじゃないんですか?

 こんなお手伝いのちんちくりんな明に電話などしてないで、アカリちゃん(仮名)を大切にしてあげてちょうだいな。

『一人で街に行っても、しょーもないやろう?』

 気遣うようなセリフはまさにその通りで、頷くより他ない。

「そうだけど。他に一緒に行くような相手もいないから、仕方ないです」

 情けなくもそう応えた。

『一緒に行く相手がおらへんのか?』

 訊き返す水上さんの声が、若干明るく感じるのは気のせいだろうか。

 友達も彼氏もいない事が、そんなに可笑しいか。ちっ。

「ええ、残念な事に」

 欧米人さながらに肩を竦ませる。

『やったら、今度は俺が付き合おうてやる』

「え?」

 水上さんのセリフに時間が止まる。

 周囲のざわめきもかき消えるほど、思考は制止してしまった。

 数秒後、脳みそが徐々に動き出す。

 それって、どういう意味? 一緒に街をプラプラしてくれるって事?

 要するに、二人でお出掛けってことだよね?

 で、更に要するに。それって所謂、デートってこと!?

 はっ、ははっ。ま、まさかね。うん、まさかだよ。ないない。ありえないよ。

 水上さんと仲良くデートだなんて。ねぇ。

 だって、大阪の彼女は? バレたら、張っ倒されるんじゃない?

 水上さんだけ張り倒されるのは構いませんが、仕事でもないのに恋人同士の諍いに巻き込まれるのはごめんですよ。

 あ、でも、この前コートを買ってもらって一緒に食事したよね。いうなれば、あれも一種のデートか。

 しかも、手まで繋いじゃったよね……。

 でも、あれは人ごみから抜け出すためだったし……。

 ていうか、手繋いだくらいで彼女が怒るか? いやいや、寛大な心を持っているとは限らない。手を繋いだだけで、妊娠でもしてしまうんじゃないかってくらい、大袈裟に怒られるかもしれないじゃないか。そんなのは、真っ平ごめんなのだ。

 けど、げど。むむむむ。

 水上さんの言葉をどう受け取ればいいんだ?

『おい。聞いとんのか?』

「えっ。あ、うん。聞いてる。聞いてるよ」

 聞いてるから、しょうもないくらい動揺しているんじゃないのさ。

 微妙な動揺を隠し切れずにいると、受話器の向こう側で水上さんを呼ぶような声が聞こえてきた。

『おーい、えいじー。何しとんねん。さっさと行くぞ』

 この声は、哲さん?

『すまん。哲が呼んどるから、もう切るわ。また、連絡する』

「うん」

『あ、十時には、マンションに帰っとれよ』

「わかってる」

『ほなな』

 動揺していることなど微塵も気づいていないのか、電話は呆気なく切れた。

 それにしても。

「一緒にって……、マジですか……」

 人がごった返す駅構内で、独り言を洩らした。

 受話器を握る右手は、繋いだ時の手のぬくもりを思い出したようにじんわりと温かくなっていく。

 左手には、さっきショップで買ったプレゼントの入った袋が微かに揺れていた――――。

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