第2話 バイト三昧

 今日は、早朝から夕方前までコンビニでアルバイトだ。店内では、店長の趣味で八〇年代アイドルの歌が永遠と流れ続けている。

 個人経営だから仕方ないのかもしれないけれど、流行の歌を流したほうがよいのではないかと日々思っているが、あえて口にしない。私も意外と好きだったりするからだ。

 懐かしい曲を聴きながら、朝一番に届いたお弁当にポスをかけて棚へと並べていく。早朝は、客も少なく仕事がはかどる。

 次々にお弁当を並べていると、この時間には珍しい数人のお客がやってきた。

「いらっしゃいませー」

 大きく声を掛け、お客を気にしつつまたお弁当を並べていく。入ってきたお客は、四人。店内をうろつく姿を気にしてみてみると、履き崩したジーンズにスニーカー。みんながみんなキャップやニット帽を被っているので、あえて顔を隠してでもいるみたいだ。

 犯罪者とかじゃないよね? ちょっとドキドキ。

 四人のお客さんは、雑誌コーナーの前で「男前やん?」「ありえへん、この顔っ!」などと言いながら騒ぐ人や。冷蔵庫の前に立ち、真剣な表情で飲み物を選んでいる人。男なのに、というのは偏見かもしれないけれど、ちょっと可愛いらしい顔をした人は、デザートの前で「なににしよ」と首をかしげている。

 そのうち、私の並べているお弁当の場所にも一人やってきた。

「これ、ええかぁ?」

「はい」

 関西弁で訊ねる男性は、並べたばかりのお弁当に手を伸ばした。ゆったりとしたパーカータイプのトレーナーを着込み、フードを深々と被っていて、怪しいことこの上ない。飲み物も一緒に持つと、レジへと向かった。

 あと二時間ほどはこの店内を一人で回さなくてはいけないので、お弁当の棚入れもそこそこに急いでレジに入る。

「温めますか?」

「うん」

「八五〇円になります」

 千円札を受け取り、おつりを手渡すと、レジ横においてある募金箱へチャリン。

 おっ! いい人。

 まるで、自分にでも寄付してもらったような気分になる。

 温まったお弁当を手渡し、寄付の分のお礼もこめて、満面の笑みで挨拶をする。

「ありがとうございました」

 目深に被ったフードの隙間からかすかに見えた瞳が、早朝から元気に声を張り上げるコンビニ店員を怪訝な顔で見ている。

 それから、口の端を少し上げると。

「あんた……朝から、元気やな」

 お弁当の袋を受け取り、小さく笑った。

 元気だけが取柄の貧乏人です。ご了承くださいまし。

 内心でそんなことを思いながら、貧乏アピールをいちいち他人にしても仕方がないので、にっこりと笑みだけ返しておいた。

「いくでー」

 たった今募金箱にチャリンとしてくれたお兄さんが声を掛けると、他の人たちも我先にとレジへやってきて、思い思いのものを買って出ていった。

 再び懐かしいアイドルソングだけになった店内で、黙々とコンビニの仕事を続け、夕方前には次のバイト先の居酒屋へと向かった。

 コンビニから居酒屋までは少し距離があるけれど、電車に乗るのはもったいないので、中古で手に入れたマイチャリでかっ飛ばす。バイトが終わるころには終電もなくなっているので、自転車の方が何かと都合がいいのだ。

 居酒屋は、コンビニよりも時給がいい。横の入口から入り、中に大きく声を掛けた。

「おつかれさまでーす」

「おっ。今日も元気だね。よろしく頼むよっ」

 大将は下準備をしながら、威勢よく声を上げる。

 サラリーマンが多いこの辺は、夕方過ぎになると大賑わいだ。居酒屋のロゴマークが入ったエプロンを着けて、さっそくお仕事開始。人の話し声と注文の声が入り乱れる店内を、忙しなく動きまくる。

 次々に料理を運び、空いた席は素早く片付け、時々頃合を見ては奥に入り、山となった食器も洗っていく。我ながらよく動く。

 ふと時計を見ると、深夜まであと二時間ほどだった。

「もうひと頑張りだ」

 自分に気合を入れているところへ、十人ほどの団体客があらわれた。大将の指示で、奥の個室へと案内する。

 スーツ姿の男性が数人いて、「好きなもの頼んでいいぞー」と他のラフな格好をした男性たちに声を掛けている。

 その中でも、明らかに風貌の違う四人の若者が、喰らい付くように喜んでメニューを見はじめた。

 ん? 見たことあるような服装。えーっと、どこで見たんだったけ?

 動きながら、頭の中の記憶を掘り起こしていて思い出した。

 この人たち、朝コンビニに来た人たちじゃない……?

 朝見たような服装だと思い出しながら、テーブルにおしぼりを置いて一旦個室から退散。頃合いを見計らって、今度は注文を取りに行く。

「ご注文は、決まりましたか?」

 伝票を手にして訊ねると、我先にというように一度にドッとしゃべり始めた。

「焼き鳥盛りあわせっ」

「俺、今日のお勧めの刺身盛り」

「焼酎、ボトル入れてー」

「あっ。肉、肉もっ!」

「アイスクリーム食いたい」

「デザートは、あとにしいやっ」

 伝票とペンをせわしなく動かし、次々に入り乱れて飛び交うメニューを、必死に聞き取り書いていく。

「一気にしゃべるなやっ。お姉さん、困っとるやないか」

 少したれた目の人が、「ねぇ」なんて気を遣ってくれた。

 いえいえ。と笑顔を浮かべつつも、その一言に救われる。今度は順番にメニューを言ってくれたから、慌てることなく書き込めた。

 そんな中、無口な男が一人。

 あれは……、募金箱の人じゃないのかな?

 確かそうだったはずと、ジーっと見ていたら、声に出さず口の形だけで、なんや? と鋭い目で威嚇されてしまった。

 こ、こわっ……。

 ぶるぶると首を振り、何でもありませーんっと、サッと目を逸らす。

 コンビニに来たときは、もうちょっといい人そうに見えたけど、やっぱり別人なのかな?

 少しの疑問は、忙しさに紛れあっという間にどこかへ消えていった。

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