第49話  大破壊

 おいおいおいおい、大丈夫かよこの写真記憶兄さん。

 自分の上司であるクルップも恐れるマグナス卿相手に、遂に頭のタガが外れちまったみたいだ。

 傍から見ても空間が歪んで見えるほど、自分の肉体に魔法掛けまくってんですけど。

 いくら写真記憶能力で魔法陣覚え放題の発動し放題でも、これはなにが起こるか予想がつかないぜ?


「ふふふ、それでもなお、余に立ち向かってくるか。蛮勇、だが嫌いではない。よし、その愚行、許そう」

 マグナス卿は握り潰したクルップの木片を、灰のようにはらはらと地面に撒き散らした。


 次の瞬間、写真男が剣を大きく振り抜くと、轟音と共にマグナス卿が居た辺りまで、衝撃波が一直線に地面を切り裂いた。

 それを余裕でかわした卿を追って写真男が跳び、剣を振り下ろす。しかしまたかわされる。更に追って剣を振るう、かわされる。これらを何度も繰り返し、邸の庭は瞬く間に切り裂かれていった。

 二人の動きを目で追い切れねえ。なんて速さなんだ。しかし、写真記憶兄さんの方は、既に動きが鈍ってきた。体力的な問題もあるんだろうが、そもそも能力の限界か。


 写真男が急にマグナス卿を追うのを止め、地面にうずくまった。頭を手で押さえ、その顔には苦悶の表情を浮かべていた。

「後付けの力では、生来の脳に負荷が大き過ぎる」

 息一つ乱していないマグナス卿は、立ち止って憐れむように見下ろした。

「う、うるさい!」

 写真男は地面に膝を付きながら、当てずっぽに剣を振るった。

 力の無い剣を、もはや卿は避けようともしない。

「せめて、最後に手向けをくれてやろう。これで諦めるがよい」

 そういってマグナス卿は、軽く手を払った。少なくとも俺にはそうとしか見えなかった。


 同時に、全ては一瞬で起こった。

 庭園の地面が波打ち、林の木々は根こそぎ倒れ、広範囲に渡って、まるで竜巻か噴火が生じた如くすべてが吹き飛び破壊された。


 嘘だろ、こんなこと個人で出来るのかよ。

 魔法ならば強力なやつなら可能だろう。しかし恐ろしいことに、この大破壊は、個人の肉体的能力の仕業なのだ。


「ああ、庭の有様が酷いな」

 マグナス卿はこの土煙立ち込めた惨憺たる光景を目の当たりにして、他人事のように嘆いた。

 あんただよ、あんたがやったんだよ。


「やあ、トキジク君、やっと事が済んだよ」


 いや、そうじゃなくて。


「ん? ああ、これか。大丈夫、ウチの庭は広いし、念のため結界を張っておいたから、多分外まで被害は及んでいないはずさ」


 あ、そうなの。うん、それは良かった準備がよろしいようで。

 でもさ、それもあるけどさ。


「そうだ、夕飯は食べていくかい? あ、でも残念ながら、今はシェフもいないんだった」


 どうしてだ? どうしてそんなに普通でいられるんだ?


「そしたら、いつものパブで待ち合わせしよう。私はちょっと後片付けを済ませたら行くから、君は先に向かっていてくれたまえ」


 ちょっとだけ? ちょっとだけで済むのか?

 ていうか、写真男はどうなった⁉


「いろいろ訊きたいこともあるだろうし、積もる話もあるからね」


 ああ、有り過ぎるぜ。

 ビールしこたま飲んで待ってるよ。

 酔わなきゃ聞いてられなそうだ。

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