第44話 かつて畏れられた者
「今からあんたを殴らせてもらう」
一言添えてから、マグナス卿の顔面に拳をくれてやった。
卿は後方へ吹き飛ばされ、ソファーにぶつかり、床に倒れ込んだ。
あー、やっちまったよ。訴えられるかな。これ、国際問題になるかな。一応英国大使館の人間だからなぁ。いや、それよりもヴァンパイアだから普通に報復が怖い。だから必死でこの凶行の言い訳をあげつらってやる。
「あんたは最初から、なにもかも知ってたんだろ? 不死狩りが人体実験の被験者確保のためだったことも、桃雛家の事情も。だけど一番許せねーのは、クルップ本人の関与を黙っていたことだ! どうしてそんな嘘をつく必要があった? お陰で俺の助手が命の危険に晒されたんだぞ。もしあいつが死んだら、こんなんじゃ済まなかったぜ」
さぁどうだ? ぐうの音も出ないだろう。マグナス卿が完全に悪いと納得してもらえたはずだ。これで殴ったことへのあらゆる批判は回避だ!
「ふ、フフフ・・・」
床に伏したままの卿から、不気味な声が漏れ聞こえてきた。
「フッハッハッハッ!」
殴られた頬を擦りながら、マグナス卿は立ち上がり、大きな奇声を上げた。
こ、これって、もしかして、笑ってるのか?
ていうか、あれで笑っているつもりなのか? 滅茶苦茶不気味なんですけど。
打ちどころ悪かったかな。
「いやはや、至極愉快痛快だよ、トキジク君。こんな気分は、いったい何時振りだろうか」
こっちが訊きたいよ。いったいどれくらい笑ってなかったんだ?
何? 不幸自慢?
「私を殴り、その上説教までするとは。この私にだよ? 最高だな」
常に自分を上にもってくるよな、この人。その気位の高さ、尊敬するよ。
「しかし、トキジク君。今回の君の行動、対応、以前とは随分と変わったみたいじゃないか? 反抗する者は冷酷無慈悲に情け容赦なく虐殺してきたんだろ?」
「そうでしたっけ?」
「かつて“第六天魔王”とも呼ばれ、畏れられた者・・・」
「いったい何百年前の話してるんすか?」
「あの頃の君とは違う、と?」
「不死になって、人の理から外れて長くいると、否が応でも変わりますって」
「素敵なことじゃないか」
「逆に訊きますけど、あんたはどうなんです? 不死の代名詞たるあんたは」
「私は初めから人ではないからね」
え、どういうこと? 哲学的な話?
「あんたとそういう議論をしに来た訳じゃないんだ。知りたいのは、どうして嘘をついたのかってことだよ」
「うん、まぁ座りたまえ。上等な酒もあることだし」
まったく調子が狂うぜ。この人どうやったって上からなんだな。もはや伝統芸だよ、その変わらぬ在り方。
俺は促されるまま、ソファーに座り直し、残りのウイスキーを全部飲み干した。
まるでさっき殴ったことが無かったことみてーじゃねーか。飲まなきゃやってられねーっつーの。
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