第38話 反転する異能
月明かりが作り出す陰影の下、クルップは玉子型ののっぺりとした顔に、歪な笑みを浮かべた。
フリードリヒ・アルフレート・クルップ。ドイツの重工業コングロマリットの総帥。
こいつは、ただの商売人じゃねーな。かなりやり手の魔術師だ。
「目当てのモノは手に入れたし、このまま立ち去ってもいいんだが・・・、少々面子をつぶされてしまってねぇ。私は借りっぱなしは好きじゃないんだ」
クルップが切り出した。
「そういや春日、このオッサン、ここで人体実験させてたんだって?」
「そうなんすよ! エリなんとかって液体に漬けて、美良の能力で、異能を創る実験を裏で糸を引いたんだたんだ。その挙句の果てが半魚人になったんす」
ミラの力?
「随分お喋りなお子様だ。ま、ここでやらせていたのは、正確には異能を移し替えることだがね。しかし、あの子の力があれば、新たに異能を創り出すことも出来るだろう。実に楽しみだ」
エリクシル、異能を移す、創り出す・・・なるほど。
「親から子へと受け継がれる異能の血の力を、人為的に他人に移す、か。それであんたはなにをするつもりだ? 異能の兵士でも創り上げて、また金儲けか?」
「ふふん、武器屋が武器を売るのは当然のことだ」
クルップは嘲るような笑みを浮かべた。
こいつのこの余裕、まだなんか隠してやがるな。
「その研究の成果の一つが、あの番犬の写真屋か。どうりで無能な訳だ」
写真記憶者は余りにも稀で、余りにも強力で危険なため、その存在は術師界隈に知れ渡っている。だから俺が知らない写真記憶者なんて、生まれたてのひよっこ以外あり得ないはずだ。しかし新たに創られた者なら、納得がいくってもんだ。
「まぁ能力を獲得してまだ間もないのだ、許してやってくれ。やがては一人が複数の異能を所有することも普通になるだろう。更には異能の複製、量産も夢ではない。どうだ、刺激的な未来だと思わんかね?」
「そうか? あんな奴らが沢山いたら、さぞ退屈だろうよ」
「ふむ、意見の相違という訳か」
「ああ、交渉決裂だな」
「ちょっとなにいってるかわかんねーよ! 大人の会話なの? 全部大人の事情で片付くことなのか?」
ここで突然怒りを爆発させる春日。そういうお年頃だよね。
「ふざけんなよ。そんな風に、そんな風に人を扱うなよ・・・。複製とか、量産とか、、ぁぁぁ・・・」
春日の様子がおかしい。
こいつ、まさか・・・。
「おい、探偵君。君の連れはいったいなにをしようとしているのかね? 大丈夫か?」
「春日ぁ、落ち着け! 拒絶を反転させるな!」
拒絶の異能は極限まで高まれば、それは反転して、すべてを飲み込む虚無となる。
「止めろぉぉぉ」
俺はようやく再生し終えた足と腕に力を込め、春日の側に必死で這い寄った。
春日の脚にしがみつき、立ち上がって奴の暴走を止めようとした。
「え?」
しかしそのとき、春日の胸から不意に、黒々と光る切っ先が突き出してきた。
「はい、そこまでにしましょうか」
春日の背後から、落ち着きを払った凛とした声が辺りに発せられた。
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