第37話  よりこの世界に混乱を

『やぁやぁやぁ、お取込み中失礼するよ』


 突如暗闇の向こうから、独逸語で囃し立てながら男が現れた。

 恰幅の良い髭面の白人男性、それは紛れもなく、さっきまで尾行していたフリードリヒ・アルフレート・クルップその人だった。

 な、なんでコイツがここに・・・最悪だ。


「おまえは⁉」

 地面に横たわる俺の横で、春日は叫んだ。

「おい、よせ」

 おまえがどうこう出来る相手じゃねーんだよ、きっと。

「ハンス・ミュラーだな⁉」

「え?」

『え?』


 あ、そういえば春日ってば、コイツはハンスじゃなくてフリードリヒ・クルップなんだってこと知らないんだっけ。


『ふ、ふふ、フフフ、ハァーッハッハ、そうとも。私はハンス・ミュラーだ!』

 おいおい、びっくりしてクルップのおっさんも乗っかってきちゃったよどーすんの。

「訳のわからない言葉でなにいってんだ。日本語を喋れ!」

 春日は顔を真っ赤にして憤った。

 なんかレベル低い会話だな。


「君が噂の探偵かぁ」

 お、日本語喋った。

「と、その助手だ!」

 春日、おまえはなんでそんなに憤ってるんだ?

「随分見事な結界を張ってたじゃないか。探すのに手間だったよ」

 結界? そうか、春日の闇堕ち拒絶の余剰が、結界になって外部から遮断してなのか。どうりで騒ぎにならずに静かな訳だ。


「で? クルップ社の総帥がいったいなんの用で? パーティーの二次会なら別の場所だぜ?」

「いや、二次会の場所は、ここで合ってる」

 月明かりの下、クルップはニヤリと笑みを浮かべた。

 チッ、まずいな。体の再生にはまだ時間がかかる。


「クルップ! おまえがこの家の人間に、エリなんとかってのを売って、人体実験をさえようとしてたんだろ!」

 春日は両手に拳をつくり、叫んだ。

 だから、どうしておまえはさっきからこのオッサンに喧嘩売ってんの?

「フフフ、エリクシルだろ? この世界の果てのような極東の地にも、素晴らしい能力を持った人間がいると聞いてね。興味を持ったんだよ」

「まさか、美良のことか⁉」

 春日は増々興奮しだした。

 おまえはちょっと頭を冷やせ。


「理由はそれだけか? 死の商人」

「さすが探偵さん。察しがいい。よりこの世界に混乱を。それは私にモットーでね。争いの或るところに武器は流れる。そういう訳です」

「結局カネかよ」

「いいえ、理念です」

 余計に始末が悪い。

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